第38話 戦う意味
「お前の魔力を追ってきた。器用なやつだな、魔力操作できるなんてーーだが、俺は一度感じた魔力ならば微量でも感じ取れるんだ」
魔族の彼はそう言った。
「面倒な機能だね」
僕と、その僕の前で話している魔族の彼を見て、周りが何事かと騒ぎ出した。
そして、騎士団長達が、腰の剣を抜いた。
「何者だ?!」
と、誰かが言った。
魔族の彼は、そちらに目をやって嗤うと、すぐにまた僕を見た。
「焦らずとも、お前たちも直に殺してやる。まずは、この卑怯な小僧からだ」
そして、魔族の彼は、魔法を僕に向けて放ってきた。
もちろん避ける。
「はははははっ!」
となぜか笑いながら、彼は魔法を放っていた。広い王宮の間が、段々とボロボロになっていく。
「ムエルト!」
と、僕の名前を叫んでる兄さんを横目に僕も魔法を放った。
ーーいつも兄さんって邪魔なところにいるよね。
馬酔いが抜け切れていないというのに、こんな激しい運動を強いられている。
不老不死でも、乗り物酔いはするらしいので、覚えておこう。
「しねーー!」
と、放たれた魔法は僕に直撃。
僕は王宮のガラス窓を突き破って、外に吹き飛ばされた。
そして、街中の家屋を破壊しながら転がる僕。
ただでさえ気持ち悪いのに、眩しい日差しと、汚い地面が交互に視界を行き来したせいで、余計に気持ち悪くなった。
「きゃあああぁぁぁぁあああ?!」
「な、なんだ?」
「喧嘩かしら?」
とか、街の人達が騒いでいる。
そして、魔族の彼は、地面に倒れている僕を見下ろして言った。
「小僧、どうした? なぜちゃんと戦わない?」
「気分が悪いんだよ。それに、面倒くさい」
僕は寝転がったままそう言った。
正直、今日は気分の乗らない日だ。僕はたまにこうなる。ただでさえやる気のない僕なのに、さらにやる気がどこかへ行ってしまう時が。
「なに? ふざけやがって! お前、俺を舐めてるのか?」
と、酷い剣幕で怒鳴った彼は、僕の腹を蹴った。避けるのが面倒だった僕は、そのままその蹴りを喰らった。無抵抗で無防備な僕の身体は、軽く吹き飛んだ。
また、くるくると回る視界。
しつこく付き纏ってくる魔族の彼は、転がる僕の胸ぐらを掴んで引き寄せた。
「ふざけてんのか?!」
そして、また僕を殴り飛ばす。僕はまるで、ボールのように弾んで地面を転がった。
そして、魔族の彼になぜか舌打ちをされた。
「ならば嫌でも戦いたくなるようにしてやろう」
そう言って、魔族の彼は、通行人を殺し出した。
悲鳴と血が、飛び交う。
「どうだ? 戦う気になったか?」
と、ドヤ顔で聞いてきた。
「いや、まったく」
ーーそんなんで、戦う気になる訳ないよね。
ていうか、僕が魔族と戦う意味はあるのだろうか? 面倒だし、金も貰えないし、面倒だし。
「人数が足りないと言う訳だな?」
魔族の彼から強大な魔力が溢れ出した。
「ここは人間がより多いな」
そう呟き、魔族の彼は魔法を展開した。さっき村で感じたものより強大なその魔力。
「ここに大勢存在している人間を、お前は見捨てることができないだろう?」
彼から放たれる強大な魔力。逃げ惑う人々。
「別に、勝手にーー」
ーーあれは!
「お? やっと、戦う気になったか? そうだ、戦え! そして、殺し合おうじゃないか! そして、どちらがイザベラ様に相応しい男か、決めようか!」
僕が立ち上がっただけで、こんなに喜んでくれるなんて、よっぽど僕と戦いたかったらしい。
彼の黒い魔力が王都を包み込んでいる。
「人間は、同族を守るために戦うという。そこは、魔族と似ているかもな」
と、彼がその魔法を放った。
僕に近づくにつれて大きくなっていくその魔法。あたりに突風が巻き起こり、そこら辺にある家屋が崩れていく。その魔法の動線に居た街の人達が、悲鳴をあげて呑み込まれていった。
「絶対に守る! 僕の……」
僕はその魔法を、取り敢えず手で受け止めた。
しかし、もちろん威力は止まらない。
僕の身体は後ろに押されていく。
だが、僕はこれを跳ね返すことも、自分の魔法を放って抵抗することもできない。
跳ね返せば、彼が変なところに飛ばし返すかもしれないし、僕が魔法を放てば、爆風と衝撃でそこに被害が及ぶからだ。
「はははははっ! お前はどうやって、この人間どもを助けるかな?」
ーー絶対、
「絶対に、守る!」
被害が及ばないようにするためには……。
と、考えた結果。
僕は、とある魔法を使った。それは、どんな魔力も吸収してしまうという魔法。しかし、この魔法を使う者はいないらしい。なぜなら使えば許容魔力に限界がきて、その身体は破裂する。
そこまでしても、僕は守りたい。
だって、このままじゃ、僕の魔道書や苦労して貯めた金が無くなるから。
そうーー僕の家は、僕の背後、数メートル離れたところにあった。
だから、絶対にーー。
「絶対に僕の家を守る!」
黒い魔法が、僕の魔法に侵食されて、青く染まっていく。
「な、なに? 俺の魔法の威力が弱まっている? まさか……!? その魔法は……ハハハハっ! だが、お前にその魔法が使えるかな? 否、無理だ。いずれ身体が破裂する」
彼のそんな大きな声が聞こえた。
ーーそれくらい知っているさ。
だけど、僕はそうならない。
なぜなら、死なないから。
僕の指先がひび割れている。その亀裂が腕を上っていき、身体中がひび割れた。
しかし、瞬時にそれは消えていく。
僕は、不老不死だからね。
僕の身体がひび割れ、修復してを繰り返しながら、彼の魔力を呑み込んでいった。
そして、遂に彼の放った魔法は、僕の魔法によって吸収された。
「な、んだと? 魔法が……俺の魔法が、吸収された? あ、ありえない!」
先ほどまでの強大な魔法は、跡形もなく消え去り、あたりに静寂が戻った。そして、生き残った住民達から、歓声が沸き起こった。
僕は、自分の家を見た。無傷だった。作戦成功らしい。
魔族の彼はというと、驚きの表情で固まっている。
「無傷、だと? お前、一体何者だ?」
彼が、決まりきった質問をしてきたので、
「人間だよ」
と、素直に答えてあげた。
「なっ?! くそっ! もう一度だ、もう一度ーー」
「二度はさすがに、面倒くさいよ」
魔族の彼が魔法を展開しようとしたので、僕は彼に近づき、そして、その顎に拳を振り上げた。
面倒なことをさせてくれたお礼にね。
そして、空高く打ち上げられた、名も知らぬ魔族の彼。言ってた気もするけど、忘れた。
上空ならば、僕の家に被害が及ぶこともないからね。
そんな彼に、
「お返しだよ」
僕は、上空にて、魔法を放った。
僕から放たれたそれは、彼に直撃して花火のように弾け飛んだ。
雲ひとつない綺麗な空に、赤黒い光が輝いた。
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