第35話 人それぞれの価値観

 僕は、最近自分の屋敷に帰っていない。僕が家に帰りたくない理由。


 父さんと鉢合わせると面倒だからだ。実は、父さんには、あれ以来会っていない。あれ以来というのは、エスポワール学園が閉園したときからなのだけど。


 父さんは、僕が寝ている間に帰ってきていたり、仕事で何日も留守にしていたり、そんな日々が続いていた。僕も合わなくていいように努めていた。理由は、父さんになにか面倒ごとを頼まれそうな予感がしていたから。


 父さんはきっと自由になった僕を放っておかないだろうと思う。


 だから、僕は街を放浪している。ただあてもなく。


 今日も、適当に街をぶらついていると、何やら騒ぎに遭遇した。


 街、というよりは、森みたいな自然に囲まれた場所に来ていた僕は、その光景を目にする。


「た、助けて! だれかーー!!」


 と言って、飛ぶ血。


「この、やろーー!!」


 また血が飛ぶ。


 五人くらいがそうやって死を遂げた。


 最後に残った一人。


 見覚えのあるその姿。


「たたたたたた、たすけーー」


 僕は、駆け出しその攻撃を魔法で撃ち飛ばした。


 そして、


「何やってるの? 兄さん」


「む、ムエルト?! なんでここに? ここは危ない、あいつは危険だ!」


 そうーー兄さんが何者かに襲われていた。


 またこのパターン。いつもワンパターンな気がする。


 そして、何もない森の中、僕と、そのよくわからない知らない人は、対峙した。


「また人間か、増えたな」


 そう呟いて、僕に放たれる魔法。黒い光が、飛んでくる。


 それを適当にかわした。


 そして、僕も魔法をお返しする。


 それは、その女にもろに直撃して、後方へ吹き飛び、木にぶつかって倒れた。


「く……くそっーー」


 僕が近づいていくと、そう小さくつぶやいている女の人。まだ、動けるようで、魔法を放とうとしている。


 僕は、その辺に落ちていた剣を拾い、そして振り下ろした。


 が、誰かが僕の腕を掴んだ。


「なんだよ兄さん?」


「殺すな」


 兄さんだった。


 凄く真剣な顔で僕を見ている。どうやら、冗談でないらしい。


 その間にも、魔力を溜めて魔法を放とうと頑張っている瀕死の女性。


「騎士団になったっていうのに、まだそんな甘いこと言ってるの?」


 兄さんは、いつの間にか騎士になっていた。これも、僕が家に帰りたくない理由の一つ。


「殺さなくても、他に方法はあるだろ? 強いお前にならできるはずだ」


 まったく、兄さんの価値観を僕に押し付けるのはやめてほしいね。


「分かったよ、好きにしたらいい。でも、後から面倒なことになっても知らないよ?」


「大丈夫、その時はなんとかするよ」


 ーーできるのかよ


 と、心の中でツッコミを入れて、僕は剣をポイっと、草むらに捨てた。


「あなたは、一体何者ですか?」


 兄さんは、真面目な顔をして、女にそう聞いた。


 すると、


「ふっ! ふはははっは!!」


 その女の笑い声が響いた。


「馬鹿だな! この程度なら、そう時間はかからないだろうな」


 なんて言って、兄さんに魔法を放った。


 兄さんは、


「え? 質問に答えてくーー」


 そんな馬鹿な兄さんの腕を引っ張って、後ろに投げた。投げないと、その攻撃に当たるからね。


「だから言ったろ?」


 転がる兄さんにそう言った。


「どうするの?」


 何も答えない兄さんに僕は聞いた。


「分からない。俺は、弱いからなにもできない」


 珍しく暗い兄さん。どうやら、騎士団に入って現実を知ったらしい。


「ははははははっ!!! さすがは、人間だな、思考停止するのか? ならば、死ね!」


 そして、兄さんの慈悲を無碍にした女が、また僕たちに向けて魔法を放ってきた。


「じゃあ、もういいね?」


 一応兄さんに聞いたつもりだが、兄さんは、答えなかった。そして、僕はやっぱりその女にとどめを刺した。


「悪かった」


「だから、最初から殺しておけばよかったんだよ」


 謝る兄さんに僕は言った。


「そうじゃない。殺させて悪かった」


 悲しい顔で兄さんが言った。なぜ謝るのか意味が分からなかった。


「べつに、謝ることじゃないよ」


 兄さんの横顔に、眩しい夕日が差し込んだ。そして、僕の方に向けた顔は、いつもの明るい兄さんに戻っていた。


 そして、いつもの調子で言った。


「にしても、久しぶりだな! お前最近家にいないだろ、なにしてたんだよ?」


「まあ、ちょっとね」


「今日は、帰って来るんだろ?」


「うーん。父さん、今日家に居るの?」


「父さんか? そういえば、今日から隣国へ仕事しに行くって言ってたよ」


「じゃあ、しばらく帰ってこないね。久々に、広いベットで寝ようかな」


「よし! じゃあ、帰ろう!」




 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「は? 父さん? 隣国に行ってたんじゃ?」


「ムエルト! 久しぶりだね?! どれだけぶりだい? 覚えてないねー」


 夕食を、兄さんと母さんで食べていたところに、父さんが帰ってきた。


 隣の国に行ってしばらく帰ってこないはずだった父さんがーー。


「困ったよ。国境が閉鎖されててさ、なんかトラブルだって、それで、急遽明後日から行くことになったんだ」


 と父さんは嬉しそうに言った。


「そ、そう。おかえり父さん。会えて嬉しいよ」


「父さんもだぞー!!」


 そして、夕食を一緒に摂ることになった。


 僕は、久々のまともな食事を、胃袋にかきいれ、足早に席を立った。


 ここ数週間何も口にしていなかったので、本当はもう少し味わって食べたかったが仕方がない。


「ごちそうさま! じゃ、僕はちょっと、出かけてくるね」


「え? こんな時間からどこへ行くの?」


 と、母さんが。


「久しぶりに帰って来たのに? 何しに行くんだよ?」


 兄さんもそう言った。


「まあ……ちょっとね……」


 みんなから視線を外して、僕はそう言った。そして、空気のように居なくなろうとしたところに、


「ムエルト、話があるんだ」


 やっぱり、父さんがそう言った。


「な、なに?」


 僕は、表情に出ないように精一杯の笑顔を作ってそう聞いた。


 すると、父さんは兄さんをチラッと見てから、庭に出ようと言った。


 そしてーー。


 広い緑の芝生に、黒いガゼボがある。そこのベンチに、僕たち二人は腰掛けた。


「学校に行かないことにしたんだってね? 母さんから聞いたよ」


「う、うん」


 始まったと思った。


「じゃあ、騎士団に入る?」


 と、言われた。


 ほらね。


 やっぱり、こうなるだろうなと思っていた。だから、家に帰っていなかったんだよ、僕は。


「騎士団? 僕には荷が重いというか……えーっと、ちょっと他にやることーー」


「実は……ムエルト、君に頼みがあるんだ」


 僕の言葉を遮って父さんが言う。


「兄のユミトだけど、入りたいって言うから、コネを使って、騎士団に入れたことは知ってるね?」


「うん」


「だけど、心配で心配で、ほら、あいつ弱いじゃん?」


「そうだね」


「だから、側に居て助けてやって欲しい」


 笑顔でそう言った。


 ーーよし、家出しよう! さよなら、僕の快適な家。


「そうしてあげたいのは山々なんだけど、実は、僕は……今日からしばらく旅に出ることにしたんだよね。だから、無理かな。ごめんね、父さん」


 騎士団なんて面倒なものに入るくらいならば、家出してやろう。たとえ貧乏になろうと、もう召使いをコキ使えなくなろうとも、固いベットで寝ることになろうとも、僕はここから、父さんから逃げよう。


 ーーよし逃げよう、すぐ逃げよう。


「欲しいものは? お金? 魔導書? お小遣いも毎日、20万ゼニーあげるよ?」


 ーーただいま、僕の快適な家!


「分かったよ! 任せてよ父さん!」


 こうして、金と魔導書に釣られた僕は騎士団に入ることになった。

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