第三章
第33話 夢があれば、人は死にたくないと思うらしい
それから、一週間の時が過ぎた。
あの事件以来、やはり僕は不老不死であることが嫌だ。もちろんのことだ。だって、これから先、また理事長みたいな人間と遭遇するかもしれないし、拷問されたり、解剖されても、痛いばかりで死なないなんて、考えただけで嫌気が差すし、面倒くさい。
だから僕は、僕の目的である、面倒くさいことを世界から無くす。ということの他に、もう一つ新しい目的ができた。
それは、あの時、心臓を突き刺されて死んだ時ーー。神が僕に言ったことーー。
不老不死の呪いを解く方法。
この不老不死の呪いを解くためには、死にたくないと思う必要があるらしい。だから、僕はそう思えるようになるために……頑張ろうと思う。具体的に、何をどう頑張ればいいのか、それはまったくもって分からないけど、まあなんとかなるでしょ。
というわけで、僕は不老不死の呪いを解くために、街を探索した。
そう願っている人を探して、なぜそう思うのか聞こうと思う。そして、それを真似すれば、きっと呪いは解けるはずだ。
死にたくないと思っている人か……、居るかな?
と、思いながら歩いていると、イベントに遭遇。
さすがは、面倒なことに好かれている僕だ。
「さっさと歩け! この、ゴミ野郎が!」
と、路地裏にある薄暗いその一角で、筋肉に埋もれた男が、痩せ細った女の人を蹴り飛ばした。そこそこ若く、そこそこ美人なその女性。
どうやら、奴隷商人と、その奴隷らしい。僕がその横を通ると、「お兄さん、奴隷が欲しくないですか?」と聞いてきた。
「いらないかな」
「そんなことを言わずに、買ってくださいよー! 旦那、随分と綺麗な身なりをしているじゃありませんかー! お金、持ってるでしょ?」
と筋肉に埋もれて潰されそうになっている男が擦り寄ってきた。
ーーすごい筋肉だね。苦しそう。
とか思いながら、それを断ると、
「じゃあ、もうお前は売れないからダメだ。あっちに売り飛ばすしかねーな!」
と、その女の人に向かって言った。
ーーあっちってどっち?
すると女の人は、「許してください! おねがい。殺さないで!」と言っている。
「ダメだ。役に立たない奴は、生きててもしょうがないだろ?」
「お願いです。お助けを! お願いです!」
僕は、しれっとその場を立ち去ろうとした。
しかし、
「私は、まだ死にたくないの!」
女性がそう叫んでいるのが聞こえた。
僕は、その奴隷商人に魔法を放った。
「ーーグハっ!!」
筋肉に埋もれたその男は、路地の外壁にめり込んで、白目を剥いている。
そして、その横で何が起きたのか分からず座り込んでいる女性に僕は聞いてみた。
「今、なんて言ったの?」
「え?」
「ほら、さっき大きな声で叫んでたでしょ?」
その、桃色の大きな瞳をパチクリさせて僕を見ている。僕は、期待を膨らませて、彼女の回答を待った。
「えっと……。まだ、死にたくないって言いました」
「だよね! なんで?」
「え? なんで?」
女性は、首を傾げてから、しばらく考えて言った。
「私には、夢があるから。将来お金持ちになって、母さんと弟と、家族みんなで幸せになるっていう夢が。だから、こんなところで死ねないの」
「夢?」
なるほどーー夢を持てばいいんだね。
僕の夢、僕の夢……夢夢夢夢夢夢夢ーー。
僕の夢は……呪いを解いて面倒からさっさと解放されて、安らかに死ぬこと。
ーーだめじゃないか! それじゃ本末転倒だろ。
自分で自分に突っ込みを入れていると、女の人が立ち上がり、頭を下げた。
「助けてくださり、ありがとうございます。なんと、お礼をしたらいいか」
「別に、気にしないで」
答えを聞きたかっただけだし、助けようと思って助けたんじゃないし。
「ですが……。それでは……そうだ! あなたの元で働かせてください!!」
「は?」
「なんでもします! お掃除、お洗濯、食事作り! なんでも!」
彼女は本気だ。目が光り輝いていた。
しかし、僕は断る。
「いい。そういうのは、間に合ってるからね」
だって、家には有り余るほど、大量の召使いがいるし。
「でも……」
と、しつこいので、僕は逃げた。
「ま、待って!!」
それでもしつこく付き纏ってきたので、空を飛んで逃げた。
そして、空を飛びながら、僕は思った。
呪いを解くには、かなりの時間を要することになりそうだと。
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