第32話 この望みを叶えてくれますか?
「ベイン!」
さっきは、理事長に攻撃していたイザベラさん。しかし、今度は心配して駆け寄っている。不思議だと思った。
「ベイン? ベイン!」
そして、イザベラさんは、血まみれの理事長を抱き寄せて泣いている。これまた、不思議だった。
仕方がないので、僕はかざした手を下ろした。
「……あれ? イザベラ……どうして来たんですか? ……私を見捨てたんじゃなかったんですか?」
苦しそうに息を吐きながらも、理事長はそう訊いている。
「なにを訳の分からないことを言っているの? 私はあなたを見捨てたりしないわ」
「嘘ですね……だって……! いや、やめましょう……、どうやら……やっと終わるようですから。長かった……、長かったですね……? 少し……疲れました。だけど……楽しかったです……。私にとっては、君だけが救いでしたよ」
理事長は穏やかに微笑んで、そしてイザベラさんの涙を血にまみれた手で拭った。
「私も、私も楽しかった! あなたと過ごせて幸せだった! 愛を知れた、人間を知れた! ……あなたを知れた!」
すると、その言葉に理事長は驚いた表情をして、それから嬉しそうに微笑んだ。
「前に君は……、どうして不老不死になりたいのか……聞きましたよね? 別になりたくないんです。なんなら、不老不死なんてごめんです」
「じゃあ、なんで? どうして、研究を続けていたの?」
「それは……イザベラ……、ただ君と……、一緒にいる理由が欲しかったからです。研究を続けないと……君がどこかへ行ってしまいそうだったから……」
理事長は、今にも消えそうな息を吐きながら、そう話した。
そんな理事長を見て、イザベラさんは泣き続けている。
「何を……? どうして……今さら、そんな……、私だって!」
理事長の血に塗れた手が、イザベラさんの唇を押さえた。
「ふふふっ──」
理事長は、優しく微笑んで、イザベラさんを見た。
それから、
「君は……私のことを息子のように思っていたかもしれませんが、……私は……君のことを……、一人の女性として……好きでしたよ……。イザベラ、愛して──」
「ベイン? ベイン?!」
理事長の呼吸は止まった。黒い瞳に涙を浮かべているが、光は消えている。どうやら、死んだみたいだ。
イザベラさんは、その身体を揺すっていた。大粒の涙を流して。
「……私も……あなたを愛してる」
そんな言葉が、小さく呟かれた。
命の恩人に、このような仕打ちをしてしまったが、これはまあ、仕方のないことだと思う。
僕は、その場をそーっと立ち去ろうとした。
しかし──。
「待って」
イザベラさんに呼び止められた。
なんだろう?
面倒くさいことになりませんようにと心の中で願って、僕は足を止めた。
「何ですか?」
「私の事も、殺して欲しいの」
「え?」
イザベラさんの顔は本気だった。
「元々、そのつもりだったの。彼を止めるには殺すしかないと、そう思ってた。そして、私も後を追って死のうって」
イザベラさんは、悲しそうにそう話した。
月の光に照らされた彼女の赤い瞳には、僕だけが映っている。
残念なことに、ここには彼女と、僕と、そして死体だけ。
「私は魔族だから、傷も治るし、人間と違って寿命も長い。自分で死のうと思っていたけれど、できないみたい。だから、あなたに殺してほしい。酷い頼みだと思うわ。分かってる。だけど、彼を一人にする訳にはいかないの」
僕は、しばらく考えた。
それから、
「いいですよ」
助けてくれた感謝を込めて、僕は彼女の望み通りにしてあげようと思った。
「ありがとう」
イザベラさんは、嬉しそうに笑った。
僕は、できるだけ痛くなく、苦しまないようにイザベラさんに魔法を放った。
僕の青い魔法が、イザベラさんを包んでいくその瞬間も、彼女は微笑んでいた。
魔族は、一部でも残っていると再生するみたいなので、綺麗に、跡形も無く消滅させてあげた。
「死にたい時に死ねるって羨ましいね」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
理事長の死から三日後。
エスポワール学園は閉園となった。学園を運営していた理事長が、実は凶悪組織のボスで、人体実験を行なっていたことが明るみになったからだ。
理事長の死を知った、クルーエル教団の残党がすべて自白したらしい。
加えて、学園の地下室にあったあの立ち入り禁止の部屋。あそこでは、学園の生徒を使って人体実験が行われていたらしい。理事長の仲間だった一部の教員達は、騎士団によって連行された。
そして、学園の敷地内に存在していたあの魔物。あれは、どうやら魔物ではなく、人体実験によって生み出された、動物と、人間の成れの果てだったらしい。
クルーエル教団という、不老不死を研究する組織の長が、学園を創立した理事長ということが暴かれ、一躍騒ぎになった。そして、血に塗れたその学園は、悪魔の学園と名付けられ、歴史に刻まれた。
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