第31話 僕のやらなくてはいけないこと

「ムエルトぉぉぉ! 無事だったのかー! 良かったぁ! 本当に良かったぁ! 俺のせいで……本当にごめん」


 理事長は、嘘を吐いていた。隣の部屋なんかに居なかった。僕の居た場所は三階。兄さんは、イザベラさんの言った通り、一階に居た。鼻を突き刺すほどのにおいがする、衛生面の悪い場所で、捕獲されていたのだ。


「臭いよ、兄さん」


 抱きつく兄さんに、僕はそう言った。


「早く逃げよう、ムエルト! みんなでここから脱出しよう!」


 兄さんは、周りにいる他の人質たちに目を向けてそう言った。どうやら、人質は他にもたくさん居たようだ。


「いや。僕は行かない。まだ、やることがあるからね。だから、兄さんは、先に逃げて」


 ここに来る途中で、白装束の奴らは全員殺してきたから、僕が居なくても、もう危険はないだろう。


「お前を置いては行けない! やることってなんなんだよ!?」


「内緒」


 僕はそう言って、この牢屋を囲っている壁を、魔法で破壊した。僕の魔力は、イザベラさんのおかげで、自由になった。


 汚く濁った空間に、新鮮で澄んだ空気が入ってくる。


「外だよ。さあ、早くここから逃げて」


「なんでだよ! お前も一緒に行こう? 危ない。ここは、危険だよ」


 と、聞き分けの悪い兄さんが僕の腕を掴む。


「大丈夫。僕も後ですぐ行くよ。だから、お願いだよ兄さん。僕の言うことを聞いてくれ」


 しばらく、黙り込んだ兄さんは、それから、顔を上げて言った。


「……分かったよ。絶対無事に帰ってこいよ!」


「分かってるよ」


 そうして、僕は兄さんと別れた。僕のやらなければならない、やり残したことをするために。




 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 血の匂い。


 その鼻につく嫌な匂いが充満していた。


 三階──僕が解体を受けていた、そんな場所へと戻ってきた。


 理事長は、壊れかけた机に腰掛けて、無邪気な子供のように笑っている。


 そして、その傍らで、イザベラさんが倒れてい

 た。意識は無いが、死んではいない。どうやら、まだ息はあるみたいだった。


「やあ! ムエルト君! 戻ってきてくれたのですね! 私の研究に協力してくれる気になりましたか?」


「いや、まったく。僕が戻ってきたのは、目的を果たすためです」


「目的、ですか? それが何か聞いても?」


「面倒を僕の世界から消すことですよ。理事長みたいな面倒な人をね」


 理事長はその黒い瞳で僕を見据えた。


「随分と乱暴な目的なのですね」


 そしてふざけた様子でそう言った彼は、その後珍しく真面目な顔をして言った。


「では、最後に教えてあげます。私にも君と同じように目的があるのです。不老不死になることとは別に、真の目的がね」


「そうですか」


 静寂が広がった。僕は理事長を見て、理事長は不思議そうに僕を見ている。


「君は本当に無関心ですね? 性格、悪いですよ」


「……」


 それから、性格の悪い理事長は、なぜか楽しそうに笑った。そして言った。


「確かに君の言うとおり、人生って面倒で溢れていますよね。そこは、同意します。でも、私は君と違って、そんなくだらない人生の中にも、求めるものがあるんです。たった一つ、ただそれだけを私は手に入れたい」


「手に入れられる日が来るといいですね」


「ふふっ! そうですね……でも、どうせそんな日は来ません。本当は最初から分かっていたのです。手に入れることなんてできないと──」


 そして、理事長はいつもの嘘くさい笑みを浮かべた。


「だからムエルト君。もう、……すべて終わりにしてしまいましょうか」


 理事長はそう言って魔法を放ってきた。


 その黒い粒子が、無数に現れて、僕に降り注ぐ──。


 面倒なので、僕はそれをかわすことはせず、ただ理事長に向かって進んだ。


 僕の身体を掠めたり、直撃したりしたが、ただ痛いだけで、何のダメージにもならない。


「──なんですか? それは? 痛みに慣れたとでも言いたげですね?」


 理事長はさらに闇を増やした。


 でも、僕にとってはなんてことないことだった。


 理事長の実験の甲斐もあってか、回復時間が、以前よりも早まった気がする。


「お陰で、慣れました」


 そして、理事長に近づいた僕は、彼の腹部を拳で殴った。


 そうしたのは、彼に腹が立っていたからだろうと思う。魔法より、素手で一発思い切り殴りたかった。


 理事長の身体は、回転してそのまま部屋の壁を破り、隣の部屋へと飛んでいった。


 しかし、威力は止まらず、何枚も何枚も、壁を撃ち抜いていく。


 そして、何枚目かで止まった理事長は、まだしぶとく生きていた。


 そんな理事長の腕を掴み、僕は上空に投げ飛ばした。


 次は天井を突き破り、空に打ち上がった。それを見上げた僕は、月の光で目が眩んだ。


 闇夜に、明るい満月が浮かんでいる。そして、一緒に浮かんでいる理事長──。


 僕は、上空に飛び、理事長の背中を足で蹴り飛ばした。彼は凄い勢いで落下し、建物近くの、荒地へと叩きつけられた。


 その衝撃で、周りの地面がひび割れて、砂埃が舞っている。


「──ガハッ……! ゴホッ! ゴホッ!」 


 理事長は、口から血を吐き、咳き込んでいる。


 身体は血塗れで、手も足も折れてしまったのか、明後日の方向に曲がっていた。


「君と出会ったあの日から……いつかこんな日が来るだろうって……分かっていましたよ……」


 血を吐いている理事長を僕は見下ろしていた。


「だけど……、研究を続けている以上……、私は目的を果たすため行動しなくてないけない。例え、死ぬと分かっていても、そうしなくてはいけないんです」


「よく喋りますね」


 そして、トドメを刺そうと魔法をかざした。


「最後に……イザベラ……に──」


 そう言いかけた時、イザベラさんが現れた。

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