第30話 待ち望んだ終わり
腕を切り離され、内臓を抉り出され、指を切り落とされ──。
何回目だろう?
あぁ──さすがに疲れた。
そんな僕に反して、まだまだ元気そうだ。
目の前で刃物を操っている。
あの時計、まったく進まないなー。
「ムエルト君。どうしても、気になることがあるのですが、試してみてもいいですか? もし、君の心臓を突き刺して、命を経ったら、どうなるのでしょう? 死んでしまった場合は、困りますが、しかし、私は君が生き返るのではないか? そう思います!」
理事長は、狂気に満ちた微笑みを浮かべて、刃物を振り下ろした。
なんの躊躇いもなく、振り下ろされたそれによって、僕の意識は痛みと共に奪われた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
『また死にましたか? 死ぬのが好きですね! お久しぶりです!』
聞いたことのある声がした。それは、僕の嫌いな奴の声。僕の視界から、理事長は居なくなっていた。そこにあったのは、あの場所だった。
『今度は、拷問の末に殺されましたか? 可哀想に。なんだか本当に可哀想になったので、ここに呼びました』
それは、僕を不老不死にした神だった。そいつがそう言っている。
「そう思うんだったら、早く呪いを解いて欲しいね」
すると、神はこう言った。
『そうですね。気まぐれに、一つ良いことを教えてあげましょう! 呪いを解く方法はただ一つ! 『生きていたい。死にたくない』そう思う事です! 簡単でしょう? そうすれば、不老不死の呪いは解かれます!』
「……なにそれ?」
簡単? 簡単なのか?
『おっと! 時間です! では、頑張ってください!!』
そして、僕の視界から神は消えた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「す、凄い! 本当に、生き返った!? ムエルト君、君やっぱり不死身なのですね?! もしかして、不老不死?」
興奮する白髪の青年に対して、少年は無感情に見返していた。
白い部屋に白い髪をした青年が血まみれで立っている。そして、台に寝かされている、こちらも血まみれの少年を見下ろしていた。
その少年の青い瞳に光はない。空っぽな目で、虚空を見つめていた。
「ベイン!」
軽く、優しい声が響いた。
名前を呼んだのは、黒髪を腰まで伸ばした、赤い瞳の女性だった。
「イザベラ? どうしてここへ?」
ベインは驚いた様子で、彼女を見た。
入り口の扉の近くで、ベインを見つめていたイザベラは、台に横たわる少年を一瞥して、それから、ベインへと歩みを進めて言った。
「ベイン。やっぱり、もうこんなことはやめましょう?」
「しつこいですよ。部屋に戻ってください。それとも、この少年の実験の様子が見たくてここに来たのですか?」
ベインのその声は、驚きと、怒りと、しかし優しさも混ざったような、そんな複雑な響きだった。
「あなたがやめないと言うのなら、私がむりやりにでもやめさせるわ!」
イザベラは、覚悟を決めたようにそう言った。しかし、そこには同時に不安も、恐れも混じられている。
そんな彼女が、勇気を出して言った言葉に、ベインは耳を貸さない。聞こえていないかのように、少年の身体を傷つけ始めた。そして、冷たく話し出した。
「君がここまでするのは、初めてですね? そんなに、研究を終わらせたいのですか? 正直がっかりです。傷つきました」
ベインの、その手に持たれた凶器に力が込められた。血が飛び散り、ベインの真っ白な頬に付着している。しかし、彼は、流れ作業のようにそれをこなす。
「やめて! もうやめて!」
イザベラはベインに近づこうとしたが、彼の指示によって、白装束に捕らえられてしまった。
「連れて行きなさい」
ベインは、イザベラを見ずに冷たくそう命令した。
これまでのイザベラであれば、おとなしく従っていただろう。しかし、イザベラは、抵抗した。そして、振り払われる白装束達。
それを見たベインは、心底驚きの表情を見せた。そして、悲しそうに俯く。
そんな彼を見たイザベラは、優しく微笑んで言った。
「ベイン。もう終わりにしましょう」
「……?」
イザベラは魔法を放った。それは、黒く禍々しくありつつも、優しさに溢れた魔法だった。
一歩遅れてそれに対応したベインの魔法は、間に合わずに彼女の魔法によって押しつぶされた。
辺りの実験器具を押し倒し、ベインは壁に激突した。そして、頭を強く強打した彼は、地面へと倒れ込んだ。
「べ、ベイン様!!」
白装束の一人が叫んだ。ベインは呼びかけに応えない。
「お、おのれ! ベイン様にこんなことをして許されると思うなよ! たかが魔族ごときの分際で!」
白装束が声を荒げた。イザベラは、彼らを睨みつけて、それから、威嚇するように、魔力を放出した。
すると、その力に怯えた白装束たちは、先程までの威勢を失い、あっさりと逃げ出していった。
それから、イザベラは血まみれの少年の元へと駆け寄り、彼を縛り付けていた拘束器具を外した。そんな彼女の表情は、悲しみに満ちていた。
「怖かったわよね。ごめんなさい。私がもっと早くに行動していれば……きっと、こんなことにはならなかった。全部私のせいよ」
彼女は、自身が着ていた、黒い羽織を少年に掛けた。そして、起きあげ、抱きしめた。その少年はぐったりと、イザベラの腕に沈み込んでいる。
「もう、大丈夫、大丈夫よ」
その声には、底なしの優しさが詰まっていた。
少年は、そんなイザベラの腕に、しばらくじっと抱かれてから、ゆっくりと、身体を起こした。
そして、
「……ありがとう」
少年は、小さく感謝を述べて、イザベラの腕から離れると、その両足でしっかりと立ち上がった。
「あなた、名前は?」
その少年にイザベラは聞いた。
「……ムエルト。お姉さんは?」
「私は、イザベラ」
彼女は、優しい笑顔を向けて、そう名乗った。
そして、
「早く、ここから逃げて」
そう少年に言った。
しかし少年は、
「助けに行かないといけない人がいるんだ。ここに人質を監禁する場所とかありますか?」
「え? えっと……、それなら一階にあるわ!」
そして、少年は、イザベラに背を向けて、部屋を出ようとした、しかし、途中で立ち止まって、「本当にありがとう」と、貼って付けたような、ぎこちない笑顔でそう言った。
イザベラは、そんな少年の背中を見送ると、その様子に安堵して胸を撫で下ろし、深く息を吸った。
しかし、
イザベラの視界が歪む。
「イザベラ、邪魔しないでください。この研究は私と君が生きてる限り、永遠に続けます」
イザベラが振り返ると、そこには肩から血を流したベインが立っていた。
彼が、針を刺してイザベラを眠らせた。
「べ……イン──」
イザベラは地面に倒れた。
「研究をやめるわけにはいきません。だって、私は──」
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