第28話 待ち望む終わり

 そして理事長は、別の器具を手に取った。


 それは、ペンチのような、何かを摘めるような、そんな凶器だ。


 それで何をするのか、僕には簡単に想像できたが、それを想像しないように努力した。


 でもやっぱり、僕の想像通りにそれは始まる。


「前に、私の姉が人体実験によって変わったことは話しましたよね? その人体実験を行なったのは、私の父であることも話しましたね? 父は研究熱心な人でした。私が幼い頃、母を亡くした父が、ある研究を始めました。その研究は、不老不死になること──。父がなぜそれを求めたのか、私には分かりません。きっと、母のようになりたくなかったのかなと思ってはいますが……」


 うん、やっぱり痛い。


 死にたい。


 こいつは、淡々と語りながら、淡々とその凶器で僕の内臓をいじくり回している。


 僕は話しよりも、自分から発せられる音の方が耳についた。


 ぐちゃぐちゃと音が聞こえる。


 ぶちぶちと皮膚が破けるような音も聞こえる。


 感じたことのない激痛だった。



 うるさいうるさいうるさいうるさい。



 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。



 怖い──。



「で、父の研究を引き継いだのが私です! 父はその研究中に不老になることはできたのですが、不死にはなれなくて、あっさりと死んでしまいました! あ! ちなみに、私の見た目が若く見えるのも、実は不老だからなんですよ? 確か……、二十六の時だったかなー? どうです? 気は紛れてますか?」


 理事長が手を止めた。


 そして笑顔で僕を見下ろす。


「ちょっと、やりすぎて、ぐちゃぐちゃになっちゃいました」


 そして笑う。


 僕の身体の回復を待っているらしい。


 回復なんてしなければ良いのに──。


「ゲホッ、ゲホッ!」


 言葉を発しようとしたら、血が溜まってやっぱり僕は咳き込んだ。


「もう……嫌だ」


「あれ? ムエルト君も泣いたりするんですね? 意外です! そんなに嫌ですか? でも、やめてあげません! だって、私はこの研究を続けたいから!」


 彼は、血痕が飛び散った顔で笑ってそう言った。


「それに、お兄さんのこと、好きでしょ?」


「……」


「あ! 綺麗に治ったみたいですよ?」


 理事長は、微笑みを浮かべて、また一生懸命に手を動かし始めた。


 ぶちぶちと切断される皮膚。


「それにしても、本当にすごい回復能力ですね? 君の再生能力がどこまでのものか気になりました!」


 理事長は、また別の器具を取り出した。


 それは、いわゆるノコギリのような、硬いものを切断できる、そんな器具だった。


 そして、それを掲げて微笑む理事長。


「きっと痛いと思いますから、また話をしてあげます。実は、君の入学したエスポワール学園。あれも、私の実験施設なんですよ!」


 理事長は僕の肩にそれを当てがう。


 そして、動かした。


 思わず上げそうになる声を僕は我慢した。唇を噛み締めたせいで、口の中に血の味が広がっ

 た。


 絶対に声はあげない。


 だって兄さんに僕の声が聞こえたら、兄さんは馬鹿だから、自ら命を絶ってしまうかもしれない。


 だから、僕は我慢する。


 ゴキゴキと揺さぶられる骨と、脳。


 脳天を貫くようなその激痛。


 ついに僕の腕は切断された。

 

「素晴らしい!! こんな傷まで治るのですね? 腕が元通りになりました! 見てくださいよ! ムエルト君! ねぇ?」


 理事長は、切り落とされた僕の腕を抱いている。その光景は、狂人そのものだった。


 そして、しばらくそれは続いた。


 理事長は、楽しそうに器具を取り替えては、さまざまな方法で僕の身体を切り刻んでいった。


 何度も、何度も、振り下ろされるその凶器。


 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。


 死にたい。


 殺して欲しい。


 それでも僕の身体は回復する。


 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。


 早く終わってほしい。


 早く死にたい。


 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。

 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。



 痛い? 


 痛いから何?


 痛いってなんだっけ?



「──っははははははははははは!!」


 僕は笑った。


 大きな声で──。


 なんか可笑しくなってきた。


 まるで、僕はまな板の上に乗った食材だな。


「どうしました? 楽しいですか? 私も楽しいです! あはははは! でもさすがに少し疲れてきました。一旦休憩します」


 そして、理事長は僕の元から立ち去った。




 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 血まみれになった白髪の青年が、鏡の前でそれを拭っていた。


 その様子を、背後で椅子に腰掛けながら見つめている、黒髪で赤い目をした若く美しい女性。


 その白髪の青年が、血を拭いながら話し出した。


「イザベラ! 凄いよ! 聞いて! 君よりも凄い回復能力の持ち主を見つけましたよ! まだ若い少年なんだけどさ──」


「ベイン、もう辞めましょう? やっぱりこんなこと間違ってるわ」


 イザベラと呼ばれた女性は、ベインの言葉を遮って言った。


 彼は、その黒い瞳をイザベラに向け、曇った表情を見せた。


「どうして? この研究は続けないといけないだろ?! じゃないと……」


 そこで、ベインは言葉を止めた。その表情には、悲しみが滲んでいる。


 イザベラは怯えた様子で、立ち尽くしていた。


「ベイン……、私は──」


「怒鳴ってすみません。研究を続けてきます」


 ベインは彼女を見ずに部屋を出た。


 イザベラは、彼の後ろ姿を見つめていた。


 そして、思い出していた。


 昔の記憶を──。


 人間に憧れていた頃の自分を──。


 愚かな自分を──。

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