第24話 不老不死になって初めての……

 ある日の休日、僕は兄さんと街へ出かけた。


「兄さん。どこまで行くんだ?」


 今日の朝早く、寝起き早々、兄さんは僕を連れ出した。


 眠い目を擦りながら、着替えを済ませて、そしてただ歩いている。僕は街を歩き続けている。目的地は、聞いても教えてくれない。


「兄さん。いい加減教えてくれよ」


「着いたぞ!」


 と、そこは、街の丘だった。


 綺麗な街並みが僕の足下に広がっている。


「ここは?」


「俺の最近のお気に入りの場所だ! 綺麗だろ?」


「そうだね」


 嬉しそうに、そう話す兄さん。


 たしかに綺麗だった。


 だけど、それだけだ。


「ここは、早い時間の方が綺麗なんだ。夜も綺麗だけどな! 夜はさすがに、俺とじゃなくて、いつかガールフレンドと来いよ!」


「大きなお世話だよ」


 そう言う僕の頭を、兄さんは子犬を撫でるみたいにして撫でた。


 僕はもう子供じゃないんだよ。


「よし! じゃあ次だ!」


「次?」


 そして、次に着いた場所は、とあるレストラン。


 金持ちの集まりというよりは、落ち着いた雰囲気の、庶民も訪れそうな家庭的な場所だった。


「たまにはこういう場所もいいだろ?」


「そうだね」


 笑顔の兄さん。


 料理が運ばれて来た。それは、テーブル一面に並べられている。


 やけに量が多かった。


 僕の好きな甘いものも沢山ある。


「ムエルト、誕生日おめでとう!」


「え?」


「驚いたか? 今日はお前の誕生日だろう?」


 そう言って、兄さんはプレゼントを渡してきた。


 すっかり忘れていた。


 兄さんは、毎年こうやって、センスのない本をプレゼントしてくれる。


 誕生日は祝うものだと知ったのは、異世界に来てからだった。


「ありがとう兄さん。今年もセンスがない本だね」


「う、うるせぇーよ!」


 兄さんは、珍しく照れているようだった。


 ま、僕は、もう歳を取ることはないんだけどね……。


 僕は不老不死だから歳を取らない。僕が歳を取っていないと気づかれる日が来たら、どうなるのだろう?


 兄さんは、僕をどう思うのだろうか?


「おめでとうございます! ムエルト君! 今日が誕生日なんですね!」


 とか、考えに耽っていたら、誕生日には相応しくない人物が視界に入ってきた。


「……どうして理事長がここにいるんですか?」


「私だってたまには外食しますよ! いけませんか?」


 うん、いけない。


「おや? そちらの方は?」


 理事長は、兄さんのことを不思議そうに見ている。兄さんは優しいので、理事長に笑顔を向けて挨拶をした。


「初めまして、ムエルトの兄のユミトと申します。弟がいつもお世話になっています!」


 まったく、お世話になってないよ。


「いえいえ! こちらこそです。まさか、ムエルト君にお兄さんが居たなんて! 私は理事長のノワンと申します」


 分かったから、さっさと帰れ。


 しかし、僕の念は届かず、なぜか理事長と共に食事をすることになってしまった。


「それにしても、理事長ですか?! 若いですね!」


「そんなことないですよ? こう見えて、歳は結構取っています!」


 僕と同じリアクションをした兄さんに、満更でもなさそうに嬉しがっている理事長。


「うっそぉーー!? お世辞抜きで、二十代に見えますけどね……じゃあ三十歳くらい?」


「いいえ。えっとー、……確か、四十五歳くらいです」


「ええっーー!! 見えない!!」


 自分の歳を覚えていないのか、しばらく思い出すように考えてからそう言った。


「へぇー。意外といってるんですね」


 僕は、チョコレートケーキを一口頬張りながらそう言う。


 それから、ああでもない、こうでもないと、たわいもない会話を兄さんと理事長は繰り広げていた。


 しばらく苦痛な時が続き、そして兄さんは、お酒を呑んで酔い潰れてしまった。


「お兄さん、眠ってしまいましたね」


「そうですね」


 食事も終わった。今が帰るタイミングだ。


 そう思い、席から立ち上がるが、気にせずまた理事長が語り出した。


 仕方がないので、僕はその場に腰を下ろす。


「兄弟っていいですよね」


 理事長が、グラスに注がれたお酒を飲み、そう言った。


「そうですかね」


 僕は、兄の横でただ聞き手に回る。僕も酒を貰いたいくらいだ。


「実は、私にも姉がいます。君と初めて会った時に連れていた人が居たでしょう? あれは私の姉です」


「……お姉さん? 随分と乱暴な方ですね」


 嫌味を込めてそう言うと、理事長は少し笑ってから、


「えぇ。ご存知の通り、姉はもう口が聞けません。たまに、あんなふうに錯乱してしまうんです」


「病気かなんかですか?」


 言ってから後悔した。


 人の家庭事情には、踏み込むものではないのだ。


 なぜなら、大体面倒くさいから。


「いいえ。姉は人体実験によっておかしくなってしまいました」


「へ、へぇー」


 ほらね。


 聞かなければよかった。


「私の父は研究者でした」


 そして、聞いてもいないのに語り出した。


「もう死にましたが、姉はその研究に利用されたのです」


 さらに重くなったその内容に、僕はただでさえ満腹なお腹がさらに膨らんだように感じた。


 話題を変えようと考えて、思いついたこと。


「僕も、お酒を貰っていいですか?」


 だった。


 なんてアホなんだろう。


「ムエルト君は、まだ十五歳でしょ? あー、今日で十六歳になったんでしたね! でも、子どもはまだ飲んじゃダメですよ?」


 分かってるよ、バカヤロウ。


 早く帰りたい。


 僕が黙ったままでいると、いつもの嘘くさい微笑みを浮かべた。


 そして、何か言おうとした。


 その時、兄さんが目を覚ました。


 兄さん! 初めて役に立ってくれたね!


「……ん……ムエルトぉ、もう、帰ろう」


 ナイス兄さん!


 理事長は、兄さんを見て、僕を見ると微笑んでから、


「残念ですが、今日はこの辺でお開きにするとしますか。ムエルト君、続きはまた今度、ゆっくりと聞かせてあげます」


 結構ですと思いながらも、僕は笑顔でそれを承諾した。


 その後帰宅すると、兄さんはトイレにこもってしばらく出てこなかった。

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