第15話 例の路地裏にて……

「どうだ? 俺と、少し街に出掛けに行かないか?」


 と兄さんに誘われた。


 ということで、僕たちは、街にある『高級なカフェ』という名前の店に来た。


 僕と兄さんはテーブルを挟んで、向かい合って座っている。


 僕は甘い飲み物を頼み、兄さんはかなりでかいチキンを獣のように頬張っていた。


「こうやってムエルトと二人で出かけるのは初めてだな! なんだか緊張するよ!」


 口に入っているチキンの欠片が飛んできた。


「そうだね」


 僕は、食べ続ける兄さんを眺めながらそう言った。


「ムエルト、最近何か悩み事でもあるのか?」


「無いよ。なんで?」


「いや、なんか、心配でさ。辛いことがあるなら、俺に何でも相談しろよ!」


 眩しい、笑顔だった。


 僕にもそれなりに悩みはある。でも、兄さんに僕の悩みを打ち明けたところでなにも変わらない。


 だって、兄さんには解決できないから。


「ありがとう。でも、僕は大丈夫」


 笑顔でそう答えた。


「そうか……。たまには、本音で話してくれたっていいのに……」


 兄さんがぼそりとそう呟いた。


「お前ら金を出せ!」


 その時、そんな言葉がカフェに響いた。見ると、黒ずくめのフードを被った集団だった。


 五〜六人はいるだろうか? 


「さっさと、金を出せ!! さもなければ殺すぞ!」


 客たちから悲鳴が上がった。


 こんなところに強盗? 


 嘘だろ? 


 銀行とかに行けばいいのに。


「お前たち! 何をしている!」


 兄さんの声がした。


 しかし、前の席に座っていた兄さんが、いつの間にかいなくなっている。


 どうやら、主役の舞台へとあがって行ってしまったらしい。


 兄さんは、僕と同じくらいに優しい。そして、正義感も強い。


 だからなのか、毎度面倒なことに首を突っ込みたがるのだ。


 しかし、主役になるには兼ね備えていないといけないものがある。それを兄さんは持っていない。


「ぎゃぁーーー! 助けてくれ! ムエルトぉぉ!!」


 そう──兄さんは弱い。魔法を使えるが、それでもすごく弱い。


 ただ優しいだけだ。


 結局こうして、いつも僕に災難が降りかかってくる。


 というわけで、適当に解決した僕は、兄さんに魔導書を買ってもらうべく魔導書店に向かった。


 しかし、どこの店も売り切れていて、街中歩き回ることになってしまった。


 六軒目に差し掛かったところで、兄さんが「疲れた」と言う。流石は、僕より五つも上だけはある。だから、外のベンチで待ってもらっていることにした。


「兄さん。またなかったよ」


 ──あれ?


 兄さんが座っていた青いベンチに、兄さんが居ない。


 どうやら、兄さんは何処かへ消えてしまったみたい。


「どこ行ったんだよ」


 しばらく探していると路地裏から兄さんの声が聞こえた。


 僕はそこへ向かう。しかし、聞き覚えのある声に一瞬足が止まった。


 忘れようとしても何度も思い出すその光景──。


 その腐った声の持ち主が頭に浮かび、それと同時に嫌な予感がした。


 はやく駆け付けたいのに、体がそれを拒否しているかのように足が重たい。


「──兄さん?」


 僕は、優しいから彼らを許そうとしていた。


 復讐なんて面倒だしどうでもいいや──そう思っていた。


 しかし、僕の目の前に広がる光景を見て、僕は腹の底から湧いてくるその感情を無視できなかった。


 なぜなら、兄さんが、血まみれで地面に倒れていたからである。




 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 金髪のロングヘアに、赤い服の女は今日も酒場で酒を浴びていた。


「ローズ。もう金が底を尽きたぞ。新しいターゲットを見つけねぇと」


 そう言った男は、前歯に一本だけ刺さっている金歯を光らせ、不気味な笑みを浮かべている。


 ローズと呼ばれた女は、空になった酒のボトルを名残惜しそうに眺めていた。


 すると、ローズの視界に、青いベンチに座っている男が映った。


 高級ブランドの服を着て、高そうな小物を身につけている。


「あいつにしましょう?」


 そう言って、金歯の男に目配せした。


 金歯の男は不気味に微笑むと、首を縦に振った。


 ローズはベンチに座っているその男に聞こえるように、近くのひとけのない路地裏で悲鳴をあげた。


 すると、ローズの狙い通りにその男はやって来た。


「君たち! その女性に何をしているんだ?!」


 男はそう言った。


 ローズは禿げた男と小柄な男に襲われる振りをして、彼の助けを待った。


 そうして、その禿げた男と小柄な男を、助けに来た男によって倒させた。


 それから、その男はローズに駆け寄った。


「怪我はありませんでしたか?」


 そう問う男にローズは、


「ありがとうございました!」


 と微笑んで答えた。


 それから、ローズはその男に抱きついた。男は頬を赤らめ照れている。


 その時、ローズは思い出した。


 前に殺したことがある人物を──。


 この男はその人物によく似ていると思った。


 しかし、抱きついた時の反応は正反対だとローズは思った。


 そして、その人物とは違って、すぐに助けに来てくれる優しい男だとも思った。


 しかし、ローズはその男の腹にナイフを突き刺す。


「……っ!!」


 男は、何が起きたのか状況を把握する前に地面に倒れた。


 そんな男を見て、ローズはまたその人物を思い出す。


 前に殺した人物は、なかなか自分の色気に乗って来なくて、その日やけ酒したことを──。


「──兄さん?」


 ローズの回想を破り、現実へと引き戻したのは、前に一度殺したことのあるその人物だった。


 黒髪に深い青の瞳、その感情を感じ取れない綺麗な表情をローズは強く記憶していた。

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