第12話 そうだ! 面倒なことはすべて消してしまおう!
「な、お、お前……。一体何者だ!」
そう言った男の手から短剣がこぼれ落ちた。
僕はようやく自由になった身体を起こし、乱れた服を整えた。
「もういいの?」
そして、その男が落とした短剣を拾った。
「う、動くな! こいつを殺すぞ!」
リアムに向けられていたナイフはさらに近づいた。
「いいよ」
僕は手錠を見た。
「なんだと?」
「今から君たちを殺すことにしたんだけど、魔法がないと面倒くさいと思うんだ」
「……なにを?」
なかなか取れずに付き纏い続ける鬱陶しい手錠。
僕はその手錠ごと手首を短剣で切り落としてみた。
すると、手首から血が噴き出して、手錠と僕の手だったものが、地面にトロリと落ちた。
それから、僕の失われた手は綺麗に元通りになり、手錠からも解放された。
引き抜くのが面倒だったから切り落としてみたけど、やっぱり痛かったから、やめとけば良かったと思った。
「……は? 何やってんだよ、お前!? 頭おかしいだろ!!」
「て、手錠が取れた?! 魔法を使うつもりだぞ!!」
それを合図に、僕のことを痛ぶっていた奴らが、慌てて逃げ出していく。
そのざまが滑稽だった。
「う、動くな!! 動けばこいつを殺す!」
リアムにナイフを向けている男が、僕を見て震えていた。
「だから殺していいってば。でも、たぶん僕の方が先にお前を殺すと思うよ?」
「な──?」
僕は、その男の頭を魔法で吹き飛ばした。
風船が破裂したみたいに、それは辺りに飛び散る。
そして、そのナイフは手からこぼれ落ち、胴体は地面にゴトンと音を立てて崩れた。
首から下だけになった男を見て、そこらじゅうから湧き上がってくる悲鳴と怒号。
次は、僕の足を切り落とした男。
次は、僕を何度も踏み潰した男。
次は、僕を何度も殴った男。
次は、僕の足の骨を折った男。
次は、僕の頭を殴った男。
コンクリートで囲まれたその冷たい空間に、真っ赤な血が飛び交った。
全員殺した。
それから、残りの奴らも殺した。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
悲鳴と絶叫に包まれていた時間に、ようやく静寂が訪れた。
天井に吊るされている照明が、ギシギシと揺れる音だけがただ響いていた。
取り込む空気に血の香りが充満している。呼吸をする度に鼻を突き刺し、肺も突き刺した。
血痕の広がっている地面──。
そこに僕だけが立っていた。
「あー、疲れた……」
それから、僕は外へ出た。
僕たちが捕えられていた建物の前には、海が広がっていた。
朝から出かけたというのに、外はもう夕日が沈みかけている。
僕は、海の側の適当な場所に腰掛けて、リアムの目覚めを待った。
その間、僕は思い出していた。
傷ついた僕の身体が治っていく光景を──。
どうやら、自分が不老不死だということを受け入れる時がきてしまったらしい。
もし、一生死ねかったらどうしよう?
とか考えて、実はこの数ヶ月間ずっと悩んでいた。しかし、それが現実となってしまった今、僕はおかしくなってしまいそうだった。
静かに波打つ海に反して、僕の心の中は淀んでいた。
──どうしよう?
と、襲ってきた不安。
一生死ねない。
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。
僕はこれからどうすれば?
そう考えたが、
流石は僕なので、だんだんと考えることが面倒になってきた。最早受け入れるしか他にないのだから。
僕は、空っぽにした脳みそでもう一度考えた。
その結果、面倒なことを避けながら楽しく生きていけたらそれでいい。というくだらない結論になった。
嫌でも逃げ道などないのだから、どうせならば楽しい方がいいと思う。
僕のモットーは、『めんどくさいことをするくらいなら死んだほうがまし! でも楽しいことなら面倒でもする!』だから。
でもそのモットーだと、死ねないから逃れられないことになってしまうね?
と、さらにもう一度考えた結果、僕の空っぽな脳みそは良いことを思いついた。
僕は面倒なことが嫌い。
ならば、
僕の嫌いな面倒くさい事を、この世界から無くしてしまえばいいのだ。
なるほど、なるほど──。
そうすれば、僕の長く続いていく終わらない人生から面倒が消える。
そうだ。そうだ。
そうしよう、そうしよう。
「面倒くさ」
「……?! ……ムエルト? ……血まみれじゃないか?! 大丈夫か?!」
僕がボソッとそう呟くと、リアムがやっと目を覚ました。
彼は、自分の心配より僕の心配をするらしい。変わった奴だと思った。
僕の血、というか返り血で血まみれになった僕を見て青ざめた顔をしている。
「大丈夫、大丈夫」
僕は、適当に返事をした。
「悪かった! 俺のせいで、こんな事に巻き込んでしまった! 本当にすまない!」
リアムは怪我を庇いながらも起き上がり、深々と地面に頭を下げた。
僕はそれを見下ろして、それから夕日の沈む海に視線を向けた。
「もう、いいよ。やることやったし」
「やること?」
広い海を見ていたらどうでも良くなった。
「それより、早く治してもらった方がいいと思うよ、その怪我」
僕は、傷だらけのリアムを見てそう言った。
「ムエルトもだろ!」
「僕は大丈夫だよ」
「大丈夫って、あんなに殴られたりしてたじゃないか! 大丈夫な訳ないだろう?」
「血、落ちるといいね」
僕は、自分の服を見て言った。母さんが、親戚の貴族から貰った服だから、大事にしてねとか言ってたやつだった。
「え? 服? 今、服なのか? ……ああ、まあそうだな……」
と、彼も自分の服へと注意が向いた頃、思い出したかのように、「そういえば、奴らはどうなったんだ?」と聞いてきた。
彼の表情は、安堵の顔から一転、恐怖の顔へと変わった。
そんなリアムに僕は、
「えーっと……お嬢様に呼びだされたとかって、帰って行ったよ!」
と、嘘を言った。
リアムは、「次見つかったらどうしよう」とか、「また捕まってあの拷問を受けたら俺、死んじゃう」とか怯えてた。
「聞きたかったんだけど、僕ってそんな悪趣味な本を読むように見えるの?」
不安に溺れているリアムにそう問いかけるも、彼はそれどころではないようだ。
「え? ごめん、お祈り中で、聞いてなかった。今、なんか言った?」
「……何でもない。帰ろう」
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