Ritual

アメリカの高校は四年制で、一年生から順にフレッシュマン、ソフモア、ジュニア、シニアと続く。個人的にはソフモアの時が一番ロックだった。

陰キャの集まりがフレッシュマンの夏休みにスケボーとウィードとポルノに出会い、急に一斉高校デビューしたような感じだった。


ある者はロン毛に走り、ある者はエモに走り、ある者はストリートに走った。ハイロウズのマーシーに憧れた俺はパンクに走った。


みなファッションの傾倒は違えど、スケボーの技術の錬磨とウィード好きについては志が同じだった。


非公式部活動と称して学校にボードを持ち込み、休み時間を利用してバスケットコートでトリックの練習をするのだが、もちろんその前に駐車場の車の中や学校の裏で一発ヒットをキメている。


俺自身は学校は素面で行くものだし、学校で捕まりたくないと考えていたので誘われてもウェイクアンドベイクやディッチして吸いに行くなどはしなかった。しかしやるやつは登校前や休み中にやってて、そのあとの授業に響いて案の定グレードを落としまくってFまみれになるやつもいれば、なにをどうすればそうなるのか全教科で好成績を常に叩き出す奇才もいた。


ウィードを吸って身を崩した前者はトレントで、むしろ我々のなかで一番高学歴になった後者はダニエルだった。


ある金曜、トレントとダニエルとウィリーと俺はダニエルのカムリーに乗り込み、学校の近くのタコベルに行った。毎週金曜の放課後はスケボー集会と称して明け方まで遊び倒すことが決まりで、まず放課後に一発ウィードをキメて、タコベルでブリトーを頬張りながら今日の作戦の打ち合わせを行うのだ。


全員が席に着いたころにダニエルの携帯が鳴った。ジャラルからの電話だった。携帯に耳を当てるダニエルの細い目が丸く見開かれた。

「こいつタコベルにいるぞ」とダニエルが言うと、エントランスのドアを大げさに押し開けてジャラルとその連れたちがタコベルに入ってきた。


Sup mothafuckas!!


デカイ声で騒ぐ挨拶してイきり騒ぐ嫌な奴だが、その時は渡りに船でディーラーと鉢合わせするのはラッキーだった。


ジャラルはスケーターとエモの中間で、褪せた黒いジーンズにヘビメタバンドのジャケ画がプリントされたTシャツ、汚いロン毛パーマで見た目はぱっと見アフガンには見えない。


もうすでに駐車場で一発キメてきたのか目が赤く、おかしなテンションで早口でしゃべる様はまさにジャンキーそのものだった。


俺たちはジャラルから手早くエイスを買った。基本ジャラルの車の中でディールするのだが、少しここで吸って俺とチルしていけよとしつこく言ってくる。しょうがないのでジャラルの在庫を消費するならいいとジョークで言ってみると、すんなり俺たちをスモークアウトしてくれた。


ディーラーは孤独が故か、売買の直後にせっかくだしここで一緒に一発吸ってゲームとかして遊んでく?みたいな感じで誘ってくる奴が多かった。こういうところから足がつくので俺たちは基本ディールの場で在庫を消費するようなことはしなかったし、したくなかった。


考えてもみれば平日の昼からファストフード店の駐車場で堂々とホットボックスしてるんだから、怪しさは際立っている。俺のパラノイア値がどんどん上昇してその場から逃げ出したい衝動に駆られる。

だが今回はジャラルがせっかくスモークアウトしてくれるのだし、無下に断れば今後の商談にも響くと考え、俺たちはおとなしくジャラルの車のなかで一発ずつボングをヒットした。


ジャラルが気持ちよさそうに「これはインディカでも超ファイアなやつだぜ。。。後から効いてくるぞ」とつぶやいた。なるほど確かに、匂いも形も硬さも味もシュワグとは比べ物にならない上物だった。

俺たちは少しジャラルの車の中を煙まみれにして、音楽を聴いてチルしたあと、プランがあるからとその場を速やかに立ち去った。


ダニエルの車に乗り込み、Fuck Jalal で全員アグリーした。俺は後部座席の右側で、左隣のトレントがぶつぶつジャラルの愚痴を言いながらさっき買ったブツを砕いて、ボングのボウルに放り込み始めた。


俺はだんだんとジャラルの後から効いて来るという言葉の意味が分かってきた。何かがいつもと違う。そこにトレントがフレッシュなボングを俺の目の前に持ってきて「サイア、貴殿が儀式を始められよ」とかしこまってライターを俺に手渡した。


俺は容赦なくボングをリップした。出来るだけホールドインして、げほんげほんと勢いよく咳を放つと、聴覚が異常なまでに鋭敏になり、カーステレオから流れるヒップホップの音がなぜか甘く感じられた。共感覚という体験をまだ知らない俺は超人の能力を手に入れたと思った。


Holy shit bro, I fuckn taste the sounds man! I taste them sounds dude!


俺は音を味に変換できることをみんなに伝えると、車内は爆笑の渦に飲み込まれた。ここから俺はアメリカ中二の王道を征くサイケデリックミュージックやルネマグリットの絵画と言った奇妙なものに興味をもつようになったのは別の話。


この共感覚の大発見のあと、我々のなかでハイの時に催眠術をかける遊びがはやった。


めちゃくちゃハイな状態の奴を車のシートでも椅子でも座らせて、目を閉じさせリラックスさせる。深呼吸を何度もして眠りに近い状態になったとき、そいつの両足をがっちり強く閉じさせ、耳元でお前の足はチェーンで巻かれて固定されて、周りにはチェーンソーがあってちょっとでも足を動かせばケガをするからとみんなで暗示をかける。すると不思議なことに、これが動かないのだ!一種の自己暗示なのだろうが、それはあまりにも不思議な体験だった。


この暗示をスケボーにも流用できないか、マリオというメキシコ人の友達を実験台にやったことがあるが、結局ハイになりすぎてトリックはなにもランド出来ず、グリップのざらざらとした表面の感触を楽しんで実験は終わった。


マリオはこの3年後、ハイになりすぎて悪魔の幻覚を見た言ったきり遊ばなくなり、何を思ったか急に海兵隊に入隊する。

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Ritual @Propatria

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