第14話:酒

 お屋敷のお掃除は順調に終わった。


 ケダマは庭で遊んでいただけなのだが私は頑張った。


「うぇええ! 疲れたよぉ」


 日が落ちて、ようやく開放された私は終電で帰るサラリーマンのごとく煤けた背中をしていると思う。


「お仕事ってメンドーい!」

「わふ!」

「アンタは遊んでいただけでしょ!」


 ケダマと漫才をしながら夕飯にありつく。


「そだ! エールを飲んでみよう! 仕事の後の一杯ってやつだ!」


 思い立ったが吉日。さっそくカウンター席に座り宿の親父に注文する。


「オヤジぃ。エールだ。エールを寄越せー!」

「あいよ」


 私の小芝居を意に介さず、普通にエールが出された。黄金色の液体が注がれる。まずは匂いからだ。


「うん。微妙にアルコールの匂いだ」


 そして味。木のコップに波々と注がれたエールを舐めてみた。


「うっわ。まっず! 何これ!」


 私の様子を密かに窺っていた客と店員が笑った。隣に座っていた男の席にエールをそっと寄せる。


「あん?」


 男が睨む。私は笑う。


「あげる」

「あ? あぁ、ありがとうよ」


 そう言ってエールを飲み干してしまった。私はその様子をジッと見つめている。男がまた睨む。


「あん? あによ?」

「美味しかった?」

「あぁ…… なんだ? 金なら払わんぞ?」

「うん。要らない」


 私は二度とエールは飲むまいと思った。しかし宿の親父が何を思ったのかもう一度、木のコップに飲み物を入れて出してきた。


「飲んでみろ」


 そのオヤジの言葉に、私は心の底から嫌そうな顔をしてしまった。しかし親父は諦めない。


「いいから飲んでみろ」


 私は、また匂いを嗅いだ。今度はアルコールの匂いとともに甘い匂いが漂ってきた。


「ワオ! 何これ!」


 そう言って今度も先程と同じように舐めてみる。


「甘! 美味しい! 何これ!」


 私の様子を面白そうに見ていた親父が答えた。


「ハチミツ酒だ。美味いだろ?」

「うん!」

「まぁその一杯は奢りだ」

「あんがと!」


 お礼を言ってチビチビとハチミツ酒を飲んだ。


 ちなみにケダマは私の足元で丸まって寝ている。一応耳だけピクピクと動いてはいるから起きてはいるのだろう。


 夕食を終え、少し酔ったようでフラつきながら部屋に戻った。そしてそのままベッドに突っ伏して寝た。



 翌朝。昨日は少し寝苦しかったらしく朝起きたら私は全裸だった。その起伏に乏しい身体に色気の文字はない。


「はぁ、今日も仕事かぁ」


 起きたのと同時にケダマがベッドの縁に前足をかけて、ハッハッハッハと尻尾を振っている。


「お前は朝から元気だね」

「わふ!」

「まぁいっか。じゃあ準備をしたら今日も仕事だ。行くぞケダマ!」

「わふ!」


 こうして今日も変わらない一日が始まる。


 ちなみに今日の仕事は、ドブさらいの仕事を選んだ。理由は何となくだが、やはり溝は臭かったので二度とやらないと心に誓ったのだった。

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