第13話:ケダマ

 宿屋に戻ってきた私は、宿の主人に犬も泊めていいか聞いてみた。


「あぁ、ちゃんと世話をするなら良いぞ。小便とか糞とかは宿の中でさせんなよ。キャンキャン煩いのも無しだ。いいな?」


 とのことだった。この辺の大らかさは現代の日本にはないところだ。感謝しか無い。


 私はさっそく、子犬のために自分が着ていた服を床に敷いて寝床にした。その代わりに自分の服は新しくショップで購入する。


 今回買った服はツナギだ。全身赤色のツナギ。他にもTシャツやら下着なども購入した。下着と言ってもオシャレなものではなく、スポーツ用のブラやボクサーパンツだ。


 どれもこれもお値段はフリーだった。つまりタダ。この世界だとお値段の高い服も、ショップだとタダなのだ。


 もともとこの辺はコスプレやお遊びの要素の強い部分なのでフリー。


 しかし現実だと有り難いな。服とは結構お金がかかるから。


 という訳で寝床を作った私は子犬の様子を観察する。


「お前の名前はケダマな。丸まって寝てると毛玉みたいだから」


 そう言って、ケダマのためにヤギのミルクを用意する。他にも何か食べ物をと思って、シチューを貰ってきた。どちらももちろん有料だ。ショップではなく宿の主人から購入した物。ケダマの寝ている横に置くと、フラフラと立ち上がり、飲み、食べた。


「早く元気になれケダマ。お前は私の相棒になるんだ」


 私が優しく話しかけると、ケダマが弱々しくとだが尻尾を振った。それがなんだか嬉しくて背中を撫でる。


「お前の犬種は何だろね? ラブラドールレトリーバーに似てるけど、この世界にいるのかな?」


 背中を撫で続けていると、ケダマがヨタヨタとベッドの上にいる私を見つめてきた。


 そのクリクリとした真っ黒なつぶらな瞳が何とも愛らしい。


 私はベッドから降りてケダマを抱き上げて、優しく抱きしめる。


「一緒に寝よ」


 という訳で、これからしばらくは仕事はお休みだ。というか異世界生活二日目もこうして仕事をする事なく終わったのだった。



 それからケダマが元気になるまで付きっきりで看病して過ごした。そして四日目にしてようやく冒険者ギルドへと顔を出した。


 その足元にはケダマがいてそのフサフサの尻尾を振っている。


「よっしゃ! ケダマ! 行くぞ!」

「ワフ」


 そう小さく吠えると、チャカチャカと歩き出した。冒険者たちがケダマを見る。そして私にも視線を向ける。そして顔を綻ばせた。


「おいおい。コウメちゃんよ。そのワン公、どこで拾ったんだよ?」


 冒険者の一人が声をかけてきた。名前は知らないが私のことを知っているらしい。ということはクレアスの知り合いでもある。


「東の森で拾ったんだ」

「ほう。っておいおい。森に一人で入ったのかよ!」

「うん。ゴブリン五匹に囲まれてボコられてたんだ。ね! ケダマ!」


 ケダマが小さく「わふ!」と答える。それがツボだったようで、冒険者たちが笑った。すると先ほどとは別の冒険者が質問してきた。


「ほう? 助けたということはゴブリンは倒したのか?」

「うん。余裕だったよ」

「へぇ。コウメちゃんがゴブリンをねぇ」


 そう言って感心したように頷いたところで、私はその場を離れた。仕事を探さなければいけないのだ。


「さて、今日こそは仕事だ!」


 私はそう呟いて掲示板の前に並ぶ。人混みの中で足元にいるケダマは危険なので抱き上げた。


「ケダマぁ。お仕事何しよっかぁ」

「わふ!」

「わふ! じゃ分かんないよぉ」


 そう言って、眺めていた掲示板から一枚の紙を剥がした。


「屋敷のお掃除! これ良いかもね!」


 こうして私の冒険者家業は五日目にしてようやくスタートしたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る