第十五話前編「逮捕は史上の逸品!」
箒を持ち、エプロンを着物上から着込む、三角巾を被り廊下に躍り出る。
「今日は、大丈夫かなぁ……」
今日の仕事は庭掃除だ。前だったら一人でやれと言われたが、
今日は手伝ってくれる人がいるらしい。
「いったい誰なんだろう?」
そんな事を考えながら、廊下を歩く。
とん、とん、と響く廊下、他にもすれ違う人がいるが、
どれも相方ではなさそうだ。本当に誰なのだろうか?
「……おい」
「ひゃっ……誰ですかっ」
いきなり声をかけられて、体が飛び跳ねる。振り返るとそこには……。
少し着崩した着物を着て、胸筋を曝け出している女性。
髪の毛は茶色のポニテで、長く垂れたそれを左右へと揺らしていた。
怖い顔だが優しさも兼ねている、女性。
「い、猪狩さんっ!」
「よぉ、地獄から舞い戻ったぜ」
あの事件以来、会っていなかったが、ちゃんと生きてくれていただなんて……。
「よ、よかったです!あれ以来会っていなかったから……」
「傷は残っちまったが、まぁな」
そう言って、胸のところを大きく開く、
右鎖骨から左肋骨まで、大きな刀傷が付いていた。
「わっ……ご、ごめんさい」
「……なんでお前が謝るんだ?」
「いやっ……その、元は私ですし、喧嘩売って来たのはあっちですが……」
モジモジと話していると、彼女がふっと鼻を鳴らし、肩を掴んできた。
「そんな事考えている暇あったら、この組手伝いな」
そう力強く目線をむけ、肩へと力を入れてくる。
「い、痛いですっ!暴力ダメ!」
「ははは、相変わらず生意気な兎だ」
掴んでいた手を離され、痛む肩を手で揉み労る、
ムッとした顔で猪狩をみれば、柔らかな表情をしていた。
「そ、それで何の様ですか?私これから掃除に……」
「相方だろ?俺だよ」
「……えぇ?色々大丈夫なんですか?」
不安になり、素直に伝える。猪狩はムッとした顔をして、頭をぽこんと柔らかく叩く。
「舐めるな、俺だってちゃんと出来るさ」
「本当ですか……?」
「うるせぇな、本当だってぇの!ほら行くぞ!」
猪狩は私の腕を掴むと、ぶっきらぼうに廊下を進む。
廊下を進み、玄関を飛び出し、庭まで辿り着く、
日本庭園のような広い庭、何だかんだで外に出るのは久々だった。
「相変わらず、広いですねぇ……」
「そうだな、俺ら二人でやるにしても、広すぎるもんさ」
そう言って、どこからとも無く箒を出して、猪狩は掃き掃除を始める。
私もそれに倣う様に、さっ、さっと掃き掃除をする。
「本当にこれ二人でやるんです?」
「言われたから仕方あるまい、やるしかないだろう」
二人でさっ、さっと箒で掃いて行く、土埃や落ち葉など、さっさと掃いていく。
しばらく掃いていると、ふとドン、ドンと扉を叩く音が聞こえた。
「……訪問ですか?何か聞いています?」
「あ〜……開けてみろ、どうせあいつだ」
あいつ?誰か知っている人なのだろうか?そう思い、
箒を持ったまま、扉を少し開ける。
「どちら様で……」
少し開けた瞬間、ガッと隙間に指を入れ込まれ、
そのまま勢いよく扉を開かれる。
「失礼するっ!今週も来てやったぞ!荒咲輪廻っ!!」
鼓膜が割れそうな勢いの声が響く、
目の前に現れたのは、警官の服に身を包んだ女性だった。
警官ベストを身につけ、パッキリと整えた警官服に身を包み、
黒い短髪の髪、長いまつ毛、清々しいほどに真っ直ぐな瞳、
綺麗に焼けた褐色肌が、若々しい印象を覚えさせる。
「むっ!新顔か?僕は犬宮スミレだ!」
「ご、ご丁寧にどうも……兎沙美です」
「兎沙美だなっ!暴力団リストに登録しないと……」
おもむろに端末を取り出すと、何かを打ち込み、私にカメラを向けてくる。
咄嗟に私は手で顔を隠す。彼女は首を傾げ、声を出す。
「仕事なんだ、その手をどけてくれないか?」
「いやっでも!いきなりやるのはちょっと……」
困惑していると、横から猪狩がやってきて、私と彼女の間に割って入ってくる。
「おいっ、お前の相手はこっちじゃねぇだろう?」
「……まぁ、そうでありますが、こっちも警官の仕事だ!」
二人で一悶着していると、ふと後ろからあの冷たい声が聞こえてきた、
「犬……ほんま、仕事熱心でええ警官やんなぁ」
後ろを振り向けば、そこに居たのは、冷めた目で彼女を見つめる輪廻さんだった。
いつもの服装で、いつもの化粧を付け、いつもの立ち振る舞いで、
だがその目線はかなり冷ややかなもので、
かなりうんざりしているのが目に入る。
「いたな!今日こそお前を逮捕してやるっ!」
言葉にした直後、彼女は突如として輪廻さんへと走り出す。
猪狩が止めようと動くも、すんでのところで避けられてしまう。
「荒咲さんっ!?」
「お前っ!このっ!」
「あらさきぃぃっ!!!」
彼女は止まることなく、手錠を片手に、輪廻さんへと向かっていく。
捕まってしまうのか?そう考えた時。
「飽きたらへんな、あんさんは」
次の瞬間、彼女は横回転をして、地面へと組み伏せられた。
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