第十四話前編「熱に浮かれて」


これは夢だ。

夢って言うのは、よく分かるもので、

あっこれ現実じゃないってのが理解できたりする。


「おとーさん」

「黙ってろ!」


小さな私は、父親の陰に殴られる。

母親は必死に父を止めようとするが、

突き飛ばされ、また深淵へと落ちていく。



次に目覚めるのは、バイト先での罵倒。


「もっと面白い芸をしろっ!」

「手先だけ器用のやるき無しが!」


上司に罵倒され、ぼーっとしながら、また奈落へと落ちていく。



次に来たのは、怖い事務所で、怖い大人達に囲まれた場所。


「借金はトイチだ、返せなかったら……」

「東京湾か、売春所だろうな。はははっ!」


下世話な笑い声と、目の前の多額の金。

それをじっと見つめて、また意識が奈落へと。



今思えば、私って男性に恵まれてないんだ。

結局、私の人生を狂わせていたのは、男性。

父親も、上司も、ヤクザも、

〇〇くんですら、貢ぐ程に狂わされていたのかも。


「つまんない人生だな……」


夢の中で、そうぼやく。

だれも聞いている訳じゃない、ただこの中だったら、私は。






「はっ……ゆ、夢」


気がついた時、私はベッドの上にいて、真っ白な天井を見つめていた。

頭が痛い、身体も重い、熱も篭っており、風邪である事は明らかだった。


「うぅ……身体が……」


上体を起こし、周りを見渡そうとした時、私は驚くべきものを目にした。


それは、椅子に座り、ベッドに腕を組み、頭を乗せて寝ている女性

そう輪廻さんだったからだ。すぅすぅと小さな寝息をたて、

綺羅やかな長い髪をベッドへと垂らしている。


「……」


周りを見渡せば、彼女が私のことを看病して居たであろう痕跡がある。

水のはった桶に、数枚のタオル、起きた時用の飲み薬や水など、

彼女の優しさが溢れて居た。


「……ほんと、なんで、やくざなんてやっているんだろう?」


彼女をじっと見つめながら、小さくぼやく。


「う……うぅん……ふああ」


その声に目覚めてしまったのか、彼女は身体を起こし、ふありとあくびをする。

目をぱちくりさせた後、私の方を見て、笑顔とも困った表情ともとれる顔をした。


「おはようさん、具合はようさんええか?」

「まぁその……ちょっとだけは」

「熱はどうなん?」


そう言って、彼女は私の額へと手を伸ばし、その可憐な手を当てる。

ひんやりとした感覚が、額全体に広がり癒された。


「まだ、ありはるね、もうちっとねとき」

「はい、うごけないので……」


ベッドの中に入り込み、熱に浮かされる。

彼女は慣れた手つきで、タオルを水につけ、美しい指で水を絞り取る。

絞ったタオルを、私の額へと付けてくれた。


「あの……りんねさん」

「……どないしたん?」

「どうして、かんびょうを?」


熱で浮かれる中、彼女に話題を振る。

組長直々に、一端の舎弟を看病するだなんて、

普通ならあり得ないと思う。


「あては、好いた女を助けたいんよ」

「……そう、ですか……」

「そんに、あんなに美味いもん貰いはったし」


にっこりと微笑み、私をじっと見ていた。

私は照れながらも、同じようにじっと見つめる。

彼女は、暫くして目線を外すと、私に水と薬を飲ませた。


「こんで、暫くしたら、楽になりはるから」

「はいっ……ありがとうございます」

「ふぅ……次からちいとばかし、仕事減らしちゃるな」


彼女はじっと見つめ、そう私に言ってくる。


「でも……いいんですか?」

「どないして?いつもけだるそうにしてはったやんな」

「それは……そうですが、おかねが……」


私がそこまで言うと、彼女は少し困った表情をして。


「ええよ、苦しい時にそないなこと考えはらないの」

「で、でも……」

「いいから、あてに任せ」


そう言って、彼女は私の額に、唇をつける。

ふんわりとした感触が、額に響く。


「……そないしても、○○くんとやらに会いたいん?」

「えっ……」

「身体ボロボロにしはっても、その推しとやらに会いたいん?」


彼女がそう聞いてくる、ぼーっと彼女の方を見つめるが、

別な方向を向いており、どんな表情をしているのかわからない。

意識が朦朧とする中、ゆっくりと返答し始めた。


「……わかりません」

「……わからない?どないして?」

「よく、わかんないんです」


彼女は、何か言おうとしたが、すぐに黙り込んだ。


「続けはって」

「……はい、わかりました」


確かに最初は、○○君に会いたいと、

推しに会いたいと、そうは思っていた。

だが、最近どうもおかしかった。


「いそがしいのもあってか、ぜんせんおもわなくて

 でも……ゆめのなかで、かれにくるっていたのかも……

 そうおもうと……なんだかとても……」


ぼろぼろと、涙が溢れる。

ただ、ただ、昔のことを思い出すたびに

苦しくなって、涙が溢れて。


「みんな……うぐっ……みんな……」

「……なぁ?ももか」


彼女はこちらへと振り返る、優しい表情をして、

私の顔に手を伸ばすと、涙を指で拭う。


「昔に何があったか、聞いてもええ?辛いならええよ」


優しくそう聞いてくる、私は震える手で、

きゅっと、彼女の袖を握り、かすり声で口を開く。


「はいっ……ぐすっ……」


そう言って、私は昔の事を、まどろみの中で話始めた。






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