第十二話後編「甘い耳かき」

「あ、あの別に、しなくても……」

「ええよ、遠慮せんで」


彼女は、そう言うと手に持った竹の耳かき棒を、

私の耳へと置こうとする。

どうにかして避けようとしたが……

手を押さえられ、どうしようもない。


「あ、あのっ!ひゃっ!」

「そうら、外からぁ……」


耳の溝、外側からゆっくりと匙で掻かれていく。

その加減は強くもなく弱くもない、

耳が心地よいと思える感触で、

思わずあられも無い声と、脱力感に包まれる。


「ふ、ふぁぁ……」

「ふふ、ええなあ、ええなぁ」


するすると、溝を掻かれて、気持ちいい感覚に包まれる。

私も、ここまでくると反抗心が無くなり、

脱力感に身を任せることしか出来なくなった。


「ほんま、ええ声で、肴になるわぁ」


片手で耳を掻きながら、片手で酒を飲む。

器用というか、無精というか。

暫く掻かれていると、ふと物腰柔らかな声で、囁かれる。


「どないしたん?いつもの威勢はどないした?」


どうやら、見破られている。

あれだけ突っぱねれば、そう心配されるのも、

当たり前と言えば当たり前か。


「……いえその、気分が乗らないってだけで」

「ふぅん……そうら、耳中入れはるよ」


ごそりと、耳の中に異物が入ってくる音が響く、

いきなりだったもので、身じろぎしようとしたが、

彼女がコラ、と優しく怒ってきた。


「あぶないやろ?動かんの」

「ふぇっ!だ、だって輪廻さんが――」

「……今、あての名呼んだ?」


一瞬頭がフリーズする、暫くしてはっと気が付き、

顔を真っ赤にして、言い訳を早口でしようとする。


「あ、あのですぅねっ!

み、皆さんが名前で呼んでいるので、それにつられて……」

「ふ、ふふ、かわええなぁ」

「ひあっ……」


かり、と耳の中で匙が動く音、

かり、かり、と心地よい音が響いてく、


「あふっ……おぉ……」

「汚れとるなぁ、ようさん溜め込みはって」

「い、忙しくて数年はやってなくて……」


かり、かりと、また掻かれていく、

心地よさにぼーっとしていると、また声を囁かれる。


「ほんで、何でなん?」

「え……えっと、言わなきゃダメですか?」

「言わんかったら、やめよか?」


そう言って、彼女は手を止める。

丁度いいところを掻かれていたので、かなりもどかしくなる。

いいところに、ずっと匙を置かれる、掻かれたいのに、

動かずそのままだ。


「う、うぅ……」

「どないしたん?」

「い、いえその、動いてくれないかと……」

「なら、ちゃんと言わへんと」


彼女は意地悪な声で、そう囁く。

私はそのもどかしさと、一時の快楽に抗えず、思いを吐いた。


「わ、わかりました!いいますっ!」

「ふぅん、そんでええ、何が気になってたん?」

「その……えっと、何と言いますか」


彼女に、ここに来る前に化粧をしていた時、思った事を伝える。

話している間、彼女は何も言わず、そして耳かきを動かすこともなかった。

言い終わったところで、私は限界を感じ彼女に催促をする。


「い、いいましたからっ!早く早く動かしてくださいっ!」

「…………」

「あの、荒咲さん?」


返事が無かった彼女は、唐突にふふふと声を上げ笑いだす。

そして唐突に、気持ちいいところをねっとりと掻き上げる。


「ひゃいっ!」

「ふふ、ふふふ……桃華、あんさんほんま、かわええなぁ」

「い、いつも言いますが私は……」

「そうら、望みはったかりかりやよ」


文句を言おうとしたところで、耳をまた掻き上げられる。

気持ちがよく、心地いい気持ちになり、

ゆっくりと、ゆっくりと視界がぼやけてくる。


「ふぁぁ……」

「眠たい?眠りはるまで、ゆぅくり掻いてやる」


その声はとても優しく、癒される声だ。

彼女の声を聞いていると、落ち着いてとても癒されて、

今だからそう思えるのだろうか?


だが、そんな事は後回し。


今は……この癒しに……。





あての膝で眠りこくる綺麗な顔、子供の様に美しく、魅力もあるいい女。


「ふぅ……やっと眠りはったか」


酒が回っているのか、はたまたあんな事を唐突に言われたせいか。

顔が真っ赤になっているのが、よくわかる。


「全く、そんな気持ち、決まっとるやんなぁ……ふふ」


桃華の頬をゆっくりと指で撫でる。本当に可愛いもので、どうしようもなくあては……


その頬に唇を落とした。

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