第十一話後編「着るはオダマキの花」


「これとか、どうでしょうか?」

「……白、ですか?確かに今までのとは、ギャップがあるような……うぅん」


あれから数十分、二人で悩みこくった結果、

私が選んだのは一周回って何もない、白の布だ。

輪廻さんが着ているのは、いつも赤色ばかり、元々の肌も白いので、きっと似合う。


「うぅん、ううん?……」


彼女が腕を組んで、何か物耽っている。何に悩んでいるのだろうか……?


「あの、ダメだったら別なのを……」

「あ、え、えっと、違くて、何と合わせたら、良いのが出来るかなって」


そう言って、また考えに耽る。

どうやら気に入ってはくれたらしいが、

もうすでに他の組み合わせを考えていた、技術は相当あるらしい。


「何に悩まれているんです?」

「えっと……どんな刺繍にするかとか、

 どんなものを組み合わせるとか、です……うぅん」

「……そうですね、そうだ!ゴスロリ風とか如何でしょう?」


ただ、○○君が着ているのが、ゴスロリ風だからと、軽い提案をしてみる。

却下されるだろうと、彼女を見つめていたが……悪くないといった顔をしている。


「……い、いいかもしれません!ゴスロリ!」

「ほ、本当ですか?やって…みますか?」


私も不安そうな顔を浮かべる、彼女も同じように不安そうにこくりと、頷いた。




最初は順調だった。白い布、金色の刺繍糸、白いレース、アクセントの紅い糸など。材料はすぐきまり、二人で相談しながら、彼女が手を動かす、だが……。


「えっと、これはどうすれば?」

「…………」

「あの、小田巻さん?」

「へぅ!?あっ、これはえっと……」


彼女の手裁きは、確かに輝いている。

輪廻さんのお墨付きという事もあるだろう、

布が踊る様に裁断され、糸が滑るように縫われていく、

だが、本人の心がここにあらずといった感じで、たまに手が止まる。

迷いでもあるのだろうか?


「あの……小田巻さん」

「な、何でしょうか?桃華さん」

「何か、引っかかるところでも、あるのでしょうか?」


私の言葉に彼女は少しだけ、苦悶の表情を浮かべて、ゆっくりと言葉を紡ぐ。


「迷ってるの、わ、わかっちゃいました?」


彼女は少し照れながら、自分の心情を語り始める。


「僕なんかが、輪廻様の着物をデザインしていい物かと……」

「そんなこと、無いですよ?

 だって、お気に入りを作ったのも、小田巻さんなんじゃ……」

「あれは、違います」


彼女は作業する手を止めて、言葉を紡ぐ。


「あれは、私の無き母様が織ったものです」

「小田巻さんの?」

「はい、私が作ったものと言えば、この組で使われている共同の着物だけ」


卑屈な言葉を吐く彼女に、鼓舞する様に私は言葉をかける。


「そんな事ないです!これすごく着やすいですよ!」

「はは、ありがとうございます……でも、僕は母様は超えられない」


明らかに、母親に劣等感を感じているようで、その心情をぽつぽつと話してくれた。



「僕がここにいるのは、母様のおかげなんです」

「母様が僕を預けてくれた、ただそれだけ」

「僕、可愛くないですし、ただ引き篭もっているだけですし」

「ただ拾われただけの僕が、作って、いいのか、って……」



彼女の着物に、ぽつり、ぽつり、と涙が落ちる。

彼女は私と違って、純粋なのだ。親の偉大さに負けているだけ、

なら、その枷をとっぱらうのが、最適だろう。


「拾って貰った、と言いますが、あの人は興味ない人には何もしないと思います」


私が、ぽつりとそう語りかけると、彼女は私の方を振り向く。


「でも……僕は……」

「絶対にそうです!出会いに関しては、私の方が酷いですよ!」


私は出会った頃の話、推し活、自己破産、そして賭博場。

私がここに来る経緯を、聞いていた彼女は、

途中でくすっと笑ったり、驚いたりしていた。


「――と、こんな感じです」

「思ったより、壮大というか、何というか……」


私のただの自語りではあったが、彼女はそれでも少し吹っ切れた顔をしていた。


「どうですか?ただ母親が偉大だったから、ではないですよ……きっと」

「……そう、みたいですね。えへへ……ありがとうございます」

「…これで、出来そうですか?」


彼女は、こくりと頷き、にっこりと笑って。


「最後まで、お手伝いして貰っても……?」

「勿論、大丈夫ですよ、最後までやり遂げましょう!」




ここからは順調そのもの、私は彼女の指示の元、作業をしていく、

私も手先だけは器用だ、私が作ったものを彼女が装飾する。

私よりも美しく天才的な手さばきと、

神業的連携により、たったの数時間でそれは完成した。


「出来ましたね……」

「はい…桃華さんのおかげです…本当にありがとうございます!」

「いえ、元はと言えば私のせいですから……」


二人で謙遜し合いながら、出来た着物を二人で眺めた。




出来たものを見せるため、輪廻さんをこの場所へと呼ぶ。

暫くして彼女と共に、輪廻さんがこの部屋へとやってきた。


「出来たんやってな、どないなもん、出来はったん?」

「小田巻さん、見せましょう!」

「はい、桃華さん!輪廻様っ、こちらが出来たものです!」


そう言って、完成品にかぶせていた布を取っ払う。


白い生地の着物、それに白いレースのフリルを、これでもかと付けた、

ゴスロリ風の着物。裾当たりには、金色の刺繍で百合の花と、

赤色の刺繍で彼岸花を添えている。

純潔と、輪廻さんを表す花、その二つを交えたものだ。


「ほぉ……おもろいなぁ、いつもと違いはる」


輪廻さんはそれをみて、驚きと共に、嬉しさを隠せない表情をする。どうやら気に入ってくれたようだ。


「はいっ!桃華さんのアイデアで、いつもと違う風にしてみましたが……」


おどおどとする彼女の背中を、優しくさすっていく。さすっていると、彼女の体が、びくりと跳ねた。一体どうしたのだろうかと、そう思っていると。


「り、輪廻様!?ど、どどど!?!?」

「小田巻、桃華、あてに着せてみ?」


そう言った輪廻さんの方を見る、それをみて私もぎょっとした。

そこには一糸まとわぬ姿、

つまり、あの彫刻の様に美しい身体を、ありありと見せた輪廻さんがいた。

白い艶やかな肌と、女性でも羨むスタイルが輝かしい。


「り、輪廻様っ!い、いいんですか!?」

「ええよ小田巻、そんとも……あてに風邪ひかせるん?」


彼女は一瞬、私の方を見る。少し怯えた目線、私はただ頷き、不安を取ってあげる。不安そうだった彼女も、覚悟を決めて二人で、着させていった――。


「……お、お素敵です!輪廻様!」

「わぁ……」


美しさに私たちは言葉を漏らす。

純白の白に身を包んだ彼女は、いつもとは違う美しさと妖艶さ、

動くたびに揺らめくフリルは、可愛らしさも演出する。

西洋人形の様に可愛らしいその姿、

鏡で見た輪廻さんの顔は、かなり好印象といったところだろう。


「えぇなぁ、ほんまにええもん作ってくれはった」


輪廻さんは、私と彼女の頭を撫でる。撫で方は暖かくとても優しい物だった。


「へへへ……ありがとうございます」

「……セクハラです」

「ふ、桃華は相変わらずやんねぇ……」



くすくすと笑いながら、輪廻さんは、出来た着物をじっと見つめていた。

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