第十一話前編「着るはオダマキの花」

「いてて……ふぅ、やっぱ重い物持つと痛むか……」


傷が少し痛む程度になった頃、

私はいつもの様に借金返済の為に、荷物運びをしていた。

と言っても、前よりも量は少なくなっており、配慮はされている様だ。


「よし、医療品運び終わった~……

 猪狩さんも無事でよかったし、これでどうにかなるかな」


医療器具は、猪狩さんを治すものだ。

あの抗争、日本刀で体を切られた、だがチョッキと筋肉が守ってくれたらしい。


(間接的とは言え、私のせいではあるし……)


そんな事を考えながら、私は報告の為に、輪廻さんの部屋へと向かった。


「失礼します」


ここに来てから早くも数週間、いい加減礼儀がなれ、座りながら襖を開ける。


「おは……けほっ、けほっ……」


彼女の部屋を開けて、最初に出迎えたのは煙だった。

少しむせながら、彼女の方を見る。


いつもの様に美しく秀麗な顔つき、

真っ白で新雪の様に白い肌は、着崩した着物から溢れんばかりに出ていた。

足、腕、肩、胸まで、露出したその肌は、いつも見ても羨ましい。


「……ふぅ、あ、すまんなぁちいと吸ってたんよ」


彼女の手には、長細い金属の棒が置かれており、先にはタバコが付いていた。


「この間のとは、違うんですね」

「あぁ、こんはしっかりとしたもんや」


そう言いつつ、タバコを灰皿へと入れると、私の方をじっと見つめる。


「ほんで?何用できたん?」

「あっ、えっと医療品運び終わりました」

「報告に来たんね、ようさんできはった」


そう言って、彼女はにっこりと笑う。あの抗争以降少し優しくしてくれていた。


「これで、猪狩の傷も綺麗さっぱりやね」

「今日はこれで、業務は終了ですかね?」


私が、そう聞くと彼女は、少し考えた後……

はっと思い出したかのように、言葉を吐いた。


「せや、あての着物」

「……着物ですか?」

「そうや、着物作って欲しいんよ」


すっと立ち上がり、自身が来ている着物を見せる。

確かに、いつも来ている彼岸花ではなく。別の柄、蹴鞠や桜などが書かれている。

確かに綺麗だが、いつものかっこよさがない。


「お気に入りが、潰れてもうてな。直そうにも時間がかかりはる」

「そうな……あの、もしかして、私を助けた時に裂いたやつじゃ……」

「気にせんでええ、傷止めるんにつかったんやから」


私のせいで、一つダメにしてしまったのかと、罪悪感を少し感じる。


「ほんで、作ってくれはる?」

「…わかりました、ただ着物なんて作った事……」

「……ふふ、一人で作れ、なんてゆうてないよ」


彼女はくすりと笑い、からかうようにそう言ってくる。

むむという顔をしながら、確かによく考えてみれば、

凡人に作らせる無茶なんて、彼女がさせる訳が無い。


「んもぅ……からかうのやめてください…」

「ふふ、かわええからなぁ?ついつい」


そう言って彼女は、くすくすと笑った。


「わ、わかりましたからっ!それで、誰と作ったらいいんですか?」


そう言葉にすると、彼女は少し複雑そうな顔をする。


「ま、会ってみ、あんさんなら、大丈夫やと思うけど」

「……わかりました?」


どういう事だろうか?何故か胸騒ぎがする、普通の人であればいいのだけど……。



 こういう時のカンって、当たるモノよね。



「う、うわぁ……」


彼女に連れられ、来たのは宿舎の一角、私の部屋よりも少し大きな部屋だ。

だが……そうとは思えないほどに、『布』で溢れかえっていた。


「小田巻!おりはる?」


床に散らばる布や糸、そこら中に置いてあるミシン、

天井からは何着も着物がつる下がっており、視界も悪い。

ぐちゃぐちゃで布の混沌といった部屋、こんな場所に誰か住んでいるのだろうか?


「……ふぁぃ、どうされましたか?輪廻様」


布の海がもぞもぞと動く、ぐぐと盛り上がると、

そこには寝ぼけ眼を擦る女性がそこには居た。

ボサボサの藍色の髪、しわくちゃな着物、手入れされていない肌、

これだけで自分の容姿に無頓着であると、とてもわかる。

目の色は、くすんだ藍色をしており、深淵を覗いている様だった。


「小田巻、あいも変わらず、暖かそうでええやねぇ」

「すみません……片づけましゅ……」


怯える声で、出てきた女性は頭を下げる、かなり自己肯定感が低いと見えた。


「…桃華、これが小田巻湊、これでも着物のプロ」

「えっ…この人と一緒に着物を?」

「この人って言わへんの」


ペシっと頭を軽く叩かれる、彼女と小田巻と呼ばれた女性を交互に見る。


「ぼ、僕が……輪廻様の着物を?!」

「……文句は言わせへん、二人で協力すること、ええな」


そう言うと彼女は外へと出ようとする、

部屋の扉で足が止まり、くるりと振り返って。


「柄は何でもええ、あてに似合うのね」

「ふ、ふぁい……」


鳴き声をあげるかの様に、返事をする。

彼女は外へと出ていき、残ったのは私と小田巻、二人だけ。

私はただ、小田巻を見つめているだけだった。



暫くの間、場を支配したのは静寂だ。

私はいつもの様に喋れるのだが、相手が初めての相手だ。

どうやって話せばいいか、わからないのだ。

……とりあえず話しかけてみないと、わからない所もあるか。


「あの……えっと、小田巻さん?」

「はっ、はは、はいっ!何でしょうか……?」


明らかに動揺している、あまり会話しないのだろう。


「えっと、桃華です。荒咲さんに、着物を作ってくれと言われきました」

「は、はぁ……」


何か恐怖の対象を見る様に、畏怖の目を向けられる。

まぁ仕方ない、ともかく協力して作らなければ、そう考える。


「えっと、荒咲さんのお気に入りを、私のせいでダメにしてしまって……」


私がそう言うと彼女は、目を丸くしてふむと考えた後、

部屋にある一つのクローゼットを開いた。

開いてあったのものに、私はあぁ、と声を漏らしてしまった。


「これの……ことでしょうか?」


そこにあったのは、ちぎれた着物、輪廻さんのおきにいりのものだ。

色々な布で、抑えられてはいるが、それでも前よりは汚れていた。


「そ、それですね……」

「修理中で、確かに、そうですが……」


彼女は私の方をちらりと見る、怯えた兎の様な目線。

ただその中に、真っ直ぐとした視線が見えたのも、確かだった。


「あ、あの、手伝えることは……」


私がそう言うと、彼女は何かを考えたのち、布を漁る。

探しながら声だけかけてきた。


「が、柄を、合いそうな柄を探してください」

「柄ですか……わかりました」


本当に彼女と協力できるのだろうか?

一抹の不安が残りながらも、私はともに布の海へと突っ込んでいった。




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