第十話後編「鳥獣抗争」
ガキィンィ……。
鈍い金属音が、私の耳に入る。
ギ、ギ、と金属がすり合う音。恐る恐る、瞼を開く。
そこに居たのは、荒咲輪廻、その人だった。
輪廻さんは、彼の刀を刀で受け止め、鍔迫り合いを行っている。
刀の交差点からは火花が散り、互いが全力を出し合っていた。
「桃華ァッ!!離れぇぇッ!!」
空気を振動させるほどの叫び声に、ビリリと体が震え、
身動きが取れなかった体が、勝手に動き出し、その場から逃げ出す。
刺されたお腹を押さえながら、男の間合いから外れ、安全な場所に倒れ込む。
「何故だ!何故お前が、あんな泥娘!!」
鍔迫り合いは彼女の方が優勢で、男の方が力負けしている。
「クソ男に、取られんのは、いやなんでなぁ!?」
輪廻さんが鍔迫り合いをしながら、足を上げると、男を蹴り上げ後ろへと飛ばす。
男はかなり飛んでいったが、すぐに体勢を治して、刀を構える。
「馬鹿力だな!?男にモテねぇぞ?」
「別に、男にモテるつもりはあらへん!!」
互いに刀を構え、ゆっくりと、じりじりと間合いを詰めていく。
一触即発な状態、間合いに入った瞬間、戦いが始まるのは、明らかだった。
構えた刀が、じりじりと迫っていく。
あと数センチで、刀の先端が当たってしまうところまでくる。
もう少しで……そんな時だ。
(……輪廻さん!?何を!?)
唐突に、輪廻さんが刀の先端を下へと下げる。
上はがら空きで、まるでこれでは切ってくださいと言っている様なもの、
まさか、血迷ってしまったのか?
「……へっ!なんだ?下げれば、降伏するとでも思ったか!!」
男は、その隙を見逃すわけがなく、ぐっと力を入れ刀を上へと振りかぶる。
すぐさまに、その刀は振り下ろされ、彼女は……。
「………っ!」
次の瞬間、彼女は刀を手足の様に扱い、
一瞬にして横一文字に構えなおすと、振りかざしてきた刀をそのまま受け止める。
ガキンッという鈍い金属音がまた響いた。
「くっ!?だがっ!そんなんで受け止めれるのかよぉ!!」
男は、力いっぱいに彼女に向けて、刀を振り落とそうとしている。
流石に力負けしているのか、刀はどんどんと彼女へと近づいている。
何か、何か、私にも出来ることは無いだろうか?
激痛で朦朧とする中、何か隙でもいい、何かないだろうか?
「さ、さすまた!」
渡されたさすまたの事を思い出す、あれなら隙くらいなら作れるはずだ。
だが周りを探すも、途中で落としてしまったのか、見当たらない。
「あ、あんなデカい物、すぐ見つかるはずなのに……!」
意識が朦朧としているせいか、視界もぼやけている。
ことさら見つけることなど……だが、
このままでは彼女が、輪廻さんが死んでしまう。
「どう、すれば……どうすれば!」
痛む体を起こしながら、何か出来ないだろうか、そう考えていた時、
ふと背中に違和感を感じる。その違和感に手を伸ばし……それを掴んだ。
「……これは?!」
背中、着物と袴の間に挟まっていたのは、拳銃だった。
黒く重たい拳銃、いつの間に誰が入れたのだろうか?
そう考えるが、今はどうでもいい。
「撃つしか……ない!」
ギリギリと、迫る刀、輪廻さんも焦燥の顔を浮かべている。
男はそれを見てにやりと笑い。
「はっ!流石のお前も限界か!死ねぇ!彼岸花っ!!」
時間が無い、やるしかない。
私は、朦朧とする意識の中、霞む視界の中、拳銃を向けて、引き金を引いた――
反動で、床へと倒れ込む。
ちゃんと当たったか、定かじゃない。
起き上がる気力も体力も限界だ。
もしかしたら……輪廻さんに当たってしまったかも。
ただ。
「うごぉあっ!!?いてぇええっ!!」
低い、男性の苦しむ声が、聞こえた。きっと、当たったんだその事に喜ぶ。
「桃華ッ!?クソ男ォっ!!」
ガンッ、という鈍い音が聞こえる。
そして、男のウッという声と共に、床に倒れ込んだ振動が聞こえた。
どうやら、彼女が男を倒したのか、それとも……?
「……はぁっ!……はぁ……」
張り裂けそうな痛みが、全身を蛇の様に這いずる。
このまま死んでしまうのだろうか?そうとも思えた。
悲観的な思考が、ぐるぐると巡り回る。
「桃華ッ!」
廊下に伝わる振動、ぼやける視界で捉えたのは、輪廻さんその人だった。
「輪廻さ……げほっ、げほっ!」
「静かにし、今手当しちゃる!」
ビリ、と自分が来ていた着物を破り、包帯として私に巻き付けてくる。
「ようやった、慣れないもん持ちはって……」
「……何でしょう、咄嗟に動いて……」
「もうええ、喋ると傷が痛みはる」
丁寧に、私の傷を手当してくれている。
ふと思い出す、私よりももっと酷い傷を負ってしまった猪狩の事を、
伝えないと、そう思いながら彼女へと伝えた。
「げほっ…荒咲さん……彼女、猪狩さんが……」
「わかってる……よしっ、治した……ここでまっとき」
一通り手当した後、輪廻さんは走りながら、猪狩の方へと向かう。
そういえば、猪狩に背中を叩かれていた。その時に拳銃を入れ込んでいたのだろう。
「あとで……感謝しないと」
手当されたおかげか、多少は痛みが治まってきた。
だが、動けるかと言われれば、厳しい所が……。
「ウサギィ……!」
低く唸る声が聞こえる、そちらの方を見やれば、あの男が立っていた。
日本刀を構えながら、肩を抑え、怒りの形相でこちらを見ていた。
「なっ……そ、そんなっ……」
「あぁ、もう限界だ……!」
ゆっくりと、ゆっくりと近づいてくる。
私は逃げようと体を動かすも、逃げることが出来ない。
このままでは、死んでしまう。
ゆっくりと、ゆっくりと、近づいてくる様は、恐怖心を感じざる負えなかった。
「よぉし……!しねぇ!!」
「っっ!!」
私は、その振りかざされた刀を、
どうしようもなく、見つめることしか出来なかった。
死を感じ、目を閉じる。いつ切られても、良いように、待ちながら。
何も、何も来ない。一体何が起こったかと、また、恐る恐る目を開いた。
「ぐおぉぉぉぉっ……!?!?」
そこには、両手を押さえ苦しこむあの男がいた。そして、その男の隣には輪廻さん、彼女が血の付いた日本刀を持って、立ち尽くしていた。
私は、あぁ、助かったのか。その安堵感を、得て、私は、意識を失った。
はっと目が覚める、目の前は真っ白な天井だ。体を起こそうとするも動かせない。
「うぅ……ここは?」
首を動かして、自分の体を見る、包帯まみれになっておりボロボロだ。
周りを見渡せば白く清潔感のある部屋、病室の様だ。
「……どうにか生きれたの?」
生きている実感が、未だにない、死に際に見ている幻影なのだろうか。
私しかいない部屋、ただ静寂が流れる、その静寂があまりにも恐ろしい。
死んでしまっているのでは?これから酷い目に合うのでは?と。
だがその恐怖はすぐになくなった。
ガラガラと、扉があく音、からん、ころんと下駄の音が聞こえ、声が聞こえた。
「桃華、おはようさん」
「……おはようございます、輪廻さん」
あぁ、生きていたんだ、そう安堵した。
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