第九話後編「罠にかかった兎」

「今回の会合は――」


そんな会話が、部屋の中から聞こえる。

中心人物は私だ、だが同時に私は新人である。

廊下の外でただ立たされているだけだ。窓側に私を含め、

他の女性が並び、部屋側の廊下には男性達が立ち並んでいた。

こちら側は全員が仮面を付けており、誰が誰だかわからない状態だ。


「ほんで?あのこの借金払いはったんやから、そん以外あるん?」


窓側でも、皆が静まっているから、

部屋の声が廊下に響く、他の音は何も聞こえない。

互いの舎弟が睨み合っている状態、そんな場所で、音なんて出るはずがない。

流石の私も緊張で体がこわばっている。


(はぁ、どうしたものかなぁ……)


そうは考えるも、私にできることは、ほぼ何もないと言っていい。

やれることと言えば、祈る事くらいだろうか……?ふと視線を感じそちらを見た。

そこには先ほど玄関で覗いてきた男性が、また私を見つめている。


(……あの人また見てる)


私が視線を向けていることに気が付くと、男性はすぐさまに、目線を逸らした。

彼の目線を見る限り、他の女性を見ていないことから、

私だけを見つめていたようだ。


(何なんだろうあの人……)


気になりはするが、何か起こしたらと考えると、何もしないほうがマシだ。

そう、何もせず、ただただぼーっとしておく方がいい。




「まぁ……そんなもんでええかぁ」

「こっちにも面子があるんやさかい、すんまへんなぁ」


数時間立って、やっといい声が聞こえてきた。

この時間の間に、私の名前を出されては、壊すだの、俗で働かせるだの、

酷い事ばかり言われていた。


(これで、首繋がりそう……ほっ)


ほっとしながら、またぼーっとしていると、ふと下半身に寒気を感じる。

そしてあれがやってきた、なんでこんな時に……やって来てしまったんだろうか。


(お、おといれ……)


来たのは、尿意、窓側に居て冷気でやられてしまったか、

はたまた緊張感のゆるみからか、かなり辛い尿意がやってくる。

このままでは漏らしてしまうだろう。


股を抑えながら、ゆっくりと歩み始める。

数名が動揺していたが、限界なのに気が付いてくれたのか、

何も言わずトイレへと向かわせてくれそうだ。


(早く……いかないと)


早歩きでトイレへと向かう、

トイレ方面にはあの睨みつけてきた男性が居るが……

今はそんな事気にしている場合ではない。真っ直ぐ向かい解放感を……。


そんな時だ。

視界の下、端の方から何かが飛び出てくる。

無論私はそれを避けられることもなく、そのまま躓いてしまった。


「わっ!わわわっ!!」


バランスを崩した私は、そのまま会合が行われている部屋の襖へと

ぶつかってしまう。それだけだったらまだよかった。

襖は、そのまま部屋の中へと私ごと倒れ込み、轟音を立てる。


「わっ!わーーーっ!!」


縦に回る視界、思いっきり何かに顔をぶつけ、仮面が半分に砕ける。

顔中を走りまわる痛み、ぼやける視界とノイズ交じりの耳に、

男性の叫び声が聞こえてきた。


「お頭ぁ!大丈夫でやすかい!!」

「おう!おめぇ!お頭潰すとは何してくれやがるぅ!」

 

着物を掴みかかれ、宙に浮く感覚、視界が戻ってきたとき見たのは、

倒れた襖を持ち上げる蟇蛙と言われていた禿げ頭の男性と、

顔を手で覆って頭を抱えている輪廻さんが見えた。


「いや、私……足引っ掛けられて……」

「あぁん!?」


掴まれている男に、メンチを切られる。

このままでは、殴られるか何かされてしまうかもしれない。

そう思った時、廊下の方から声が聞こえた。


「そいつ、うちの闇金借りてた兎女ですよ」


声の方を見れば、そこに居たのはあの睨みつけてきた男性だった。


「……なにぃ?兎沙美かぁ?」


蟇蛙と呼ばれた男が、立ち上がり鬼の形相で近付いてくる。

拳を鳴らしながら、今すぐにでも殴ってきそうな勢い、

逃げようとするも、捕まれ動けずこのままでは死んでしまう。


「ちょいまち」


蟇蛙と私の間に、銀色の物体が突き出てくる。

見ればそれは…あの日本刀、日本刀の根元を見れば、

同じように鬼の形相で、日本刀を構える輪廻さんがそこには居た。


「ちゃんと金はらったやろ?ならあての女や、手出しはさせへん」

「そのお前の女がよぉ!粗相をしたわけだろう?

 この落とし前はどないしてくれるんや!」

「で、でもっ!あの人が足引っ掛けて……!」


そう言ってあの男を指さす、男の方を皆見るが、男は平然としていた。


「それは本当か?せがれ」

「いや、違うね。適当にこけてたんだろ」


そう嘘をつく、私が言い返そうとすると、輪廻さんが口止めしてくる。

目線からしてこれ以上、口を挟むなという事だろう。

不服に思いながら、再度見ようとすると。


「ほんで?この粗相、何で払いはったらええ?」


輪廻さんがそう言うと、蟇蛙は怒りを露にして口を開く。


「いいや、もう金じゃ済まさへん、こうなったらなにするか、わかちょるよな?」


蟇蛙がわなわなと震えながら、言うとビッと彼女を、指差して大声で宣言した。


「抗争だ!!ここで抗争の宣言をしちょる!

 お前が負けたら、そいつはこっちに返してもらう!」


彼女はそれを聞いて、はぁ、と大きくため息を吐いた後、

掴まれている私を取り返し、自分の方へと抱き寄せ、宣言する。


「ええよ、受けてやりましょ。どうやってもあての女やからなぁ?」



かくして抗争の火蓋が切って落とされた。


この場にいる全員の顔が、緊張感で凍り付く、

引っ掛けられた私のせいでこんなことになってしまった……。




一度抗争の準備という事で、男性達は帰宅する。

抱き寄せられてホッとしていると、輪廻さんがこちらをみて、

優しい顔と声をかけてきた。


「大丈夫やった?傷はついてあらへん?」

「は、はいっ!大丈夫です!」


彼女は、ホッと息を吐く。

そして周りを見渡し、他の舎弟たちにも声をかけた。


「他の皆も、怪我あらへん?」

周りの舎弟たちも、特段怪我を与えられていない様で、更にホッと息を吐いた。

暫くして、彼女は私の方を向き、口を開く。


「桃華?ほんまに足引っ掛けられたん?」

「ほ、本当ですって!」


じっと私の事を彼女は見つめる。

そして何か考えるような顔をして、ふむと声を上げた。


「……嘘ついてあらへんな?」

「はい、誓って嘘はついていません」


真っ直ぐに彼女を見つめる、潔白を証明する様に。

それが通じたのか彼女は、ただこくりと頷き、信頼している目線を返した。


「……御託はあとで聞きまひょ、今は抗争の対策をせんとなぁ、そんに」

「……そんに?」

「着替えへんとなぁ?桃華、はははっ」


頭に疑問が浮かぶ、着替えするあれはあっただろうか?

__ふと、下半身に違和感を感じた。そう先ほどと違った違和感を。



はっきりと分かった私は、

顔を真っ赤にして、彼女の懐へと顔を突っ込んだ。

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