第九話前編「罠にかかった兎」


モーニングコールになったのは、どたばたという、廊下を誰かが走り回る音だった。

まだ一回だけなら良かったかもしれない、だがその音は何往復ともしているのだ。


「うぅん……なにぃ……」


寝ぼけまなこを擦り、時計を見れば、まだ朝の5時だ。

起床予定よりも三時間ほど早い、ふぁあと欠伸をして、

寝間着のまま外へと出ようとした時、私の部屋の襖が開かれた。


「桃華、おはようさん」


そこに居たのは、きっぱりと準備を済ませた輪廻さんが立っていた。

私が作った口紅を付け、それに合うように赤紫色のアイシャドウ、

黒いアイライン、着ている着物も真っ赤ではなく紫色になっている。

紫に金色の刺繍、刺繍は百合の花を悠々に咲かせていた。


「おはようございます……どこかお出かけで?」

「いんや、今日は来客が来はるよ」


なるほど、来客するから着込んでいるのか

確かによくみてみれば、いつもはだけさせ出している肩を、今日は出していない。

色気も抑え気味になっており、いつもと違った上品さを感じた。


「来客で、綺麗にしてるんですね」

「あてはいつやって綺麗やよ」


ふふと笑いながら、そう言ってくる。

確かにいつも綺麗だが…私に会いに来るためだけに、

こんなに綺麗にしてくるはずが無いのだ。


「それで……なんの要件でしょうか?」

「あぁ、せやった。あんさんに関係しはる、ようさん大事なことやから、よく聞き」

「私に関係すること……?」


まさか、と頭にあの事がよぎる。

もしや……私の借金の件で?そんな不安がよぎる。


「あのっ、それって……」

「……聞いてはったん?あんさんの借金の件」

「少し前に、聞きまして」


彼女ははぁとため息を吐くと、私の方を見て真剣な表情をする。

いつもよりもきりっとした、真面目な視線。

これから先を見据えるような、そんな目線だった。


「せや、ちいと面倒でな。数時間後、話付ける気や」


なるほど、それでちゃんと着込んでいるということか。

さらにつまり……私が主軸として話が動くという事だ

多少はちゃんとしないと……。


「桃華、これ付け」


 考えていると、ぽんと何かを投げられる。

ギリギリでキャッチし、投げられたそれを見れば、

そこにあったのは兎の仮面だった。

黒のベースに、目の周りや耳の先が赤色。

可愛らしさと、クールさが出る顔が全面に隠れるものだ。


「顔隠しいや、ええな?」

「はぁ……わかりました付けておきます」


 それだけ言って、彼女は部屋を後にする。

どたばたという音が、廊下の方からまだこだましている。

私も、準備をして外へと出なければ。


「自分でやったとはいえ、めんどくさいなァ……」


まぁでも、あの輪廻さんがいるし、大丈夫でしょ。

そんな楽観視をしながら、私は支度をし始めた。


「おぉす!来たぞぉ!開けらんかぁい!」


あっという間に会合の時間となり

玄関前で他の舎弟や輪廻さんと並んで、待っていると、

突如大きな声が聞こえてきた。

その言葉を皮切りに、他の舎弟たちが玄関へと向かい、大きな扉を開く。

ギギギという扉の音、扉が開くと同時に、十数名の男性の団体がやってきた。


「…ようさん来はったなぁ、蟇蛙はん」


輪廻さんが前に出て、一番前の男にそう挨拶をする。

全身が黒いスーツに身を包み、黒いハットを被った男。

男が帽子を取ると、深々とお辞儀をした。

禿げ頭に顔の痛々しい傷跡が特徴的な彫りの深い男だ。


「これはこれは、血濡れ彼岸はん、今日もお美しゅうことで」

「えぇ、あてはいつでも美しさを保たないけんでなぁ?」


互いに険悪な表情をして睨みあっている、

さながら獅子同士の睨み合いのようだ。

緊張感でごくりと唾を飲みこむ、

一体どんな会話が繰り広げられるのだろうか……?



 暫くジッと睨み合い……ふっと笑いが現れた、それも二人同時に。


「ふっ……と言っても、この間あったばかりだしな」

「せやなぁ、用件のんでくれはったらよかったんに」

「あれだけ馬鹿にされてるんだ、こっちの面子ってのもあんのさぁね」


そんな事を話しながら、玄関で靴を脱ぎ中へと入ってくる。

会話の感じを見る限り、そこまで問題はなさそうだ。

他の男の人たちも、どんどんと中に入っていく。

私はその光景をぼーっと見つめていると、ふと背筋が凍るような視線を感じた。



視線を感じた方を見れば、そこに居たのはとある男性だった。

パリッと決めたスーツを着た銀色短髪で彫りの深い男性。

そんな人が、私の方を見つめていたのだ。


(あの人……何処かで?)


何処かで見たことある様な男性、だが何処で見たのか……記憶があやふやだ。

まぁきっと気のせいだろう、そんな事を考えながら、他の皆の後ろに着いて行った。



 まさか、この出会いが火種になるなんて……。

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