第八話後編「猪と蛇と鼠と、兎」

「あ、あの……」


服もちゃんと着せられ、私が連れてこられたのは、猪狩の私室だ。

私の部屋よりも少し広い部屋。部屋には机と椅子、それから棚にベッド。

一般的な物ばかり揃っているが……


そのどれもがとても…可愛いのだ。

所々にあるクマのぬいぐるみ、可愛らしい柄の掛布団、

あげればあげるほど、乙女というか、何というか。


そんな部屋で何が来る出されてるかって?

そりゃイビリとか、それこそもっと酷いものを受けると思って……。


「あ、あの……?」

「なんだよ、ほらさっさと昨日あったこと、言えよぉ」

「そうだよ!ねね!りんね様どの辺触ってた?どこが好きそうだった?」


部屋の中央、折りたたみが出来る丸い机を囲み、

猪狩と蛇ノ目が輪廻さんについて聞いてくる。

鼠谷も話を聞きながらメモを取っている。

三人とも甘い恋する乙女のような顔をして……意外としか言いようがない。


「いや、えっと?連れてきてやるのが…コイバナです?」


私がそう言うと、三人は顔を見合わせて、はぁと全員ため息を吐いて、口を開く。


「逆にそれ以外ある?拷問とかするわけでも、あるまいし」

「そうそう、りんね様の癖を知りたいだけだもんね~」

「うん、そうすれば褒めてくれるから」


三人して、輪廻さんの事を聞いてくる。本当に好きというかなんというか。


「いやぁその、意外というか、なんというか…」


そりゃあだって、歯切れも悪くなる。

今まで私にやってきた事と真逆の事をされているんだから、

反応だって悪くなるだろう。


「それに、荒咲さんには無理やりというか……」

「さっき服着てる時、内太腿キスマークだらけだった」


鼠谷がピッ、と指を指す。確かに太腿にはキスマークが多かったが……。


「マジ?見せろ桃華!」

「えっちょっ!だから無理やりは!?」

「あーっ!ホントだぁ~ちゃんといってよももかちゃ~ん」


いやそんな事言われても、という顔をして三人を見る。

ここで不満を貯めても仕方ない、私は正直に、文句を話し始めた。


「だから!言ってるじゃないですか!無理やりで、わからないって!」

「いやでも、事実として残っているわけだし……」

「それでも!こっちだって困ってるんですから!」


両腕を組み、怒りを露にする。

流石に怒っているのを察したのか、三人は暫く黙り伏していた。

私も、少し怒りすぎてしまっただろうか?

いやでも、いきなり無神経にあれよあれよと聞かれるのもどうだろうか……?


「ともかく私だって、抱かれたくって抱かれた訳じゃ……」

「誰だってそうだぜ?はじめは皆そんなもんだ」

「いやっでも、貴方たちは……」


私がそう反論しようとすると、すぐさまに口々に反論してきた。


「私だって元々は、嫌だったよ。普通の女の子だったもん、キャバクラの」

「暗殺しようとしたら返り討ち」

「半グレで色々やってたら目付けられて……初夜はもう二度と忘れらないな」


三人が口々にそう言い放つ、それぞれが乙女の顔をしており、

明らかに輪廻さんの事を思って言っているのは明白だった。

とはいえ…事実は変わりない!


「ならっ!尚更わかってくださいよっ!」

「…なぁ桃華」


激高する私をなだめるような声を出し、猪狩が声をかけてくる。

私がキッと目線を向けると、そこには優しさを前面に出した猪狩の顔があった。


「まぁ、確かに彼女は無理やりなところはある。

 でもよ、全力で愛されているのは、わかるだろう?それにお前は……」

「……お前は?」

「言っていいんだっけ?鼠谷」


猪狩が鼠谷の方へと向き、何かを確認する。鼠谷はこくりと頷き口を開く。


「桃華の借金交渉の件よね?」

「……えっ?」


確かに初日に、借金返済してくれたと、輪廻さんは言っていた。

パッと払ってくれたのではなかったのか……?

そんな私の疑問はすぐに晴れることとなった。


「こないだ桃華が借りたお金の件で、外へと出たんだよね?」

「蟇蛙組、悪徳で有名な組」

「こっちが払っても、腹の虫が収まらないとかなんとか」


初めて聞く事実に、口が塞がらない。

確かに、借りたのは蟇蛙組だったような気がするが……、

それでも何の問題もなくパッと払ったと思っていたのに…。


「そ、そんな事初めて……」

「だよね~あんまり言うなって、りんね様から言われてたもん」

「少し前に、言っていいと言われた」

「少し乱暴な組だからな。捕まってたら死んでたかもな……」


そんなに危ない状況だったのか……今思うと楽観視しすぎていた。

もしあのまま返せなかったらと、背筋がゾッとする。


「そういやさ、輪廻様って__」



三人が喋っている間に、暫く考える。

そんな状況だったのに、輪廻さんは何も言わず、私の事をかくまって……?

そんな事を考えると、優しい人なのかな、と思えるだろう。


「……うぅん……」


だからと言っても、無理やりやられるのは?私は、どうすれば……?


「桃華」


ビクッと体が跳ねる。

ぶんぶんと首を振り、声の方を見れば、猪狩が私の方を見つめていた。


「考えすぎだ、もっと自由に考えろ」

「ん~?急に喋らないと思ったら~考えすぎはダメだよ~」

「考えるのは、私達先輩でいい」


みんな私の事を思った返事をしてくれる。

いびってきたとは思えないくらいに、ここだけみれば優しい先輩だ。

そう、いびってきた事以外は。


「…イビリしてきたのに、優しいですね」

「はは、それ言われたら終わりだ」

「んね~」「いつまでも過去に囚われない」

「いやっ!忘れませんからねっ!」


三人がその回答に、ふふと声を漏らす。私はムッとするが……。

過去に囚われない……か、いい言葉ではある。

だが過去にやったことは、消える訳じゃない。

やりたくないし、抱かれるのも嫌だけど……。


 過去の借金分くらいは、働いてもいいかも。


そういう風に思えたのだ。




そうこの後、罠にかかる事なんて、毛頭考えていなかった。


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