第七話後編「彼岸花には何色が似合う?」

溶けた下地を、マドラーでゆっくりとかき混ぜる。

下地は白く色は無い、だからこそ、彼女に合う色を付けなければならない。


(何色…何色…?)


あの絶世の美人に合う色?あの深紅よりも、似合うものなどあるのだろうか?


「……桃華?」

「…………はっ!はい?な、なんですか?」

「ほら、はよういれんと、また固まりはるよ」


それに時間もない。この中から選び抜かないと…どの色が似合うだろうか。


(赤だと、いつもと同じだし、だからと言って、青……)


青色、紺青色とも呼べるそれを見つめる。

目線を放し、後ろにある紅赤色と金色を見た。

紺と朱どちらか?きっと、どちらも合うだろう。

紅赤色だって、紺色だって、あの美貌なら着飾れるはずだ。

どちらが、どちらが……。



いや、どちらも取ればいいのか。



「……わかりました、入れてみます」

私は朱色の粉を手に取り、袋をあけ、小さじ半分くらいを入れ込む。

次にいれる物を手に取り、袋を開ける。

それを見た彼女は、意外そうな声を上げた。


「ほぉ?紺もいれるん?」

「ほんの、少しだけですけど」


小さじ四分の一にも満たないくらいに、紺青色の粉を拾い上げ、

コップへと入れ込む。最後に金色の粉も、少しだけ入れ込み、

マドラーでゆっくりとかき混ぜた。


(これで……いい色になるといいけど)


一抹の不安を抱えながら、それを混ぜ込む。

朱色と紺色、金色が、ゆっくりと白を染めていく。

白いキャンパスに、色を落とすように。


暫く混ぜ込む、混ぜ込むうちに、朱色と紺色が混ざり込み、

別な色へと変化していった。少し明るめの紫がかった赤色、

もう少し暗くなると思ったが、想定外に綺麗な色となった。

ラメとして入れた金色がいい塩梅で、

手作りとは思えない、高級さを助長させていた。


「えっと…これでいいでしょうか?」

「ええなぁ?十分や、これに入れてな」


彼女はそう言うと、瓶の様な空の容器を渡してくる。

私は作ったその口紅を、容器へと入れ込んだ。

とん、とん、とならし再度それを見る。

初めて作ったとは、思えないほどに、綺麗で美しい口紅となった。


「いかがでしょうか…?」

「わからへんなぁ?」

「…わからないですか?」


私が戸惑っていると、彼女が私の顔に、自分の顔を近づけて、口を指さし。


「まだ塗ってへんのに、わからんやろ?」


最もな事を言われ、こくりと頷く。

確かにその通りだ、まだ塗ってもいないのに、

似合うか似合わないかなんて、わかったことじゃない。


「まだ、熱いさかい暫く待ちやなぁ」

「そうですね、暫く待ちましょう…」


冷えるのを待ちながら、私はずっと作ったものを、見つめていた。



「……もうええかな」

「十分に冷めてますね」


数分待ったのち、容器を触る。

もう人肌以下に冷えた口紅は、先ほどと同じ色で、変色も無かったようだ。

ほっと落ち着きため息を吐くと、彼女が口を開く。


「さて、あての唇に塗って貰おか?」

「…はい??」


彼女の方を見れば、口を尖らせ指を当て、いたずらっぽく振る舞っていた。


「あての為につこうてくれたんや、塗って貰わな」

「え、えぇ……?」


戸惑う私を尻目に、彼女は私の手に筆を渡してくると、

唇に塗りやすいように、顎を前に出し、目を閉じている。

塗って貰う気満々だ、後にも引くことは出来ないだろう。


私は容器に筆を入れ、作った口紅を絡めとる。

筆をあげ、恐る恐る唇へと近づけ…ゆっくりと、塗り込んでいく。

口の山の部分から塗り始め、下唇、口角から端まで、

と器用さを、生かして丁寧に塗り込んでいく。


「……よしっ、塗れま、し――」


全て塗り込み、顔を引いて彼女を見る。


紫がかった赤色と、所々に光る金色のラメが、

彼女ぽってりとした唇をより、一層綺麗に美しく引き立たせた。

顔全体を見れば、ただ一色唇に乗せただけだというのに、

全くもって印象が違う。美しさが何倍も、何十倍も、何百倍も違うのだ。


「どないしたん?」

「い、いえその、えっと…」


彼女が瞼を上にあげ、黒い瞳で私を見つめる。

光の様に美しいオーラが出ており、直視できないような状態だ。

目線をずらそうとすると、顔をガッと掴み、

自身の顔を寄せ、至近距離で見つめてくる。


「目逸らして、どないしんたん?似合わなかったん?」

「いやっ、そ、そのぉお……か、鏡みてもらえれば……と」


彼女はそう言うと、私から手を放し、鏡を手に取る。

暫く見つめたのち、私の方を向いた。


「ようさん、ええ色出とるなぁ、あんがとさん桃華」


気に入って貰えたようで、にっこりと微笑む。光の様な笑顔は美しさの暴力だ。


「……そないな、どないしてこの色なん?」

「…あっ、えと、その…推しのカラーに近くて、

 元々輪廻さんも赤系似合いますし…」


そう言うと、彼女はぴたりと体を止める。

暫く何か考え耽ったのち、鏡を机の上に置いて、

私の顔にまたずいっと、近づいてきた。


「あ、あの…?何か?」

「推しのなんね?この色」

「そ、そうですが何か…?」


目を細めて、じぃっと私の方を見つめてくる。

ふと目を閉じて、はぁとため息を吐いた後、

頬に手を添えると、そのままの勢いで、唇を奪ってくる。


「んぷっ!?!?」


頬に添えた手は、頭の後ろへと持っていかれ、離そうとしても離されない。

深い深いキスは、舌まで入れ込まれ、訳の分からない快感を入れ込まれる……。


酸欠寸前まで、キスをされあと一歩で気絶するところで、

ぷはっと音をたて離れていった。


「げほっ……げほっ……な、なにぉっ!??」

「…あんさんにも移りはったなぁ?」


彼女は鏡を私の方へ見せてくる。

見れば、よだれでべとべとだが、唇の周りには彼女と同じ色がついていた。

彼女は鏡をずらし、私の方を見てくる、嫉妬の目で。


「推しの色、なんやろ?やったら…」


鏡を机へとまた置き、今度は私の肩をドンと押す。

馬乗りになりながら、シュルシュルと自身の着物を脱ぎ始め、

肩回りを舌でぞぞぞと舐めとる。

私の服も無理やり脱がせながら、耳元で宣言される。


「あての色、に変えちゃるよ、なぁ?桃華♡」

「…あっ……す、すみませ――あああああっ!!」


そこからは、あんまり記憶がない。

ただ…もう、あの色は推しの色ではなく彼女の……。



『彼女と私』の色となった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る