第五話前編「甘く立ち上る煙」

「ふぁぁぁ〜〜……」


昼食も終わり、午後も仕事を命じられる。午後は荷物の運搬だ。

なんの荷物かは定かじゃ無いが、ある一点で苦痛なのだ。


「お…重い……」

ダンボール一つ一つがかなり重い。

5キロ以上はあるダンボールを何箱も運んでいく、

こういうのは猪狩とかの筋肉がある人がやるべきだろう……。

肉薄の私が一人でやる仕事じゃない、そんな事を考えながら運び出す。


「…はぁ……はぁ…」


球汗をかきながら、一つずつ言われた通りに運んでいく。

重いダンボールが指に食い込み、痛みが増していく中、それでも頑張り続けた。


「…これで、後…半分……」

やっと半分になった所で、ふと鼻腔を何かがくすぐった。


「……何の匂いだろう?」

気になる匂いに釣られて、ダンボールを持ったまま匂いがする方へと向かう。

匂いのする方は…どうやら輪廻さんの部屋らしい。

廊下から見た時、襖が開かれており中から、白い煙と甘い匂いが広がっていた。


「煙…アロマとか?女子力高いというか……」


とはいえどんなものか気になる。

私はよちよちと歩き部屋の前まできて、襖からチラリと中を覗く…。

中では、輪廻さんが机に肘をつけ

頬杖を付き体勢も崩して、ゆったりとしていた。

着物もだいぶ、はだけており、肌艶の良い顔、美しい鎖骨

綺麗な生足がちらつく。目は閉じられており、何かに耽っている様だ。


(相変わらず…怖いけど、羨ましい……)


嫉妬心を感じながら、見つめていると細く長い指で

何かを持っていることに気がつく。じっと見つめれば、それは…。


(タバコ……?)


手には電子タバコの様なものが、持たれておりそれを吸っていたようだ。

彼女が口へと持っていき、目を閉じて

一息吸う……ふぅと吐くと白い煙と、甘い匂いがこちらまで漂ってきた。


(なるほど…あんなのも吸うんだ…)


暫く見つめていると、ふと声をかけられる。


「桃華、覗き見とは、ええ趣味してはるなぁ?」


ビクッと体が跳ねる。

目を閉じている筈なのに、気付かれた事に動揺し

持っていたダンボールを自分の足へと落下させてしまう。


「いぅっ………」


苦悶の表情で足を押さえる。

びりびりと痺れる足を揉んでいると、視界に綺麗なおみ足が見えた。

涙ぐんでぼやけた視界で上を見れば、彼女がそこに居た。


「……」


彼女は私の事をじっと見つめていたが、

ふっと落ちたダンボールを横へとどけ、私の体に腕を組ませてくる。

右手で膝の裏を、左手で肩を持つと、強引に軽々と持ち上げる。

お姫様抱っこをいきなりされ、困惑する。


「あ、あの…?」

「ええから」


それだけ言うと、私を部屋へと運び込む。

彼女の部屋、組長だと言うのに着飾らない主義で、

机と棚、それくらいしか無い質素な和室。

痛みが引いてきた中で、ふわっと座布団の上へと置かれる。


「ちょい待ち」


私を座らした彼女は棚へと向かい、何かを取ってくる。

手には救急箱と書かれた古い箱、それを開け、

小さなスプレーの様なものを取り出すと、私の足へと吹きかける。


「つ、冷たっ!」

「我慢し、古傷になるとあかんやろ?」


そう言って、私の足を掴み傷の状態を確認しだす。

冷感スプレーのおかげか、かなりまともになっていた。

私は足を触られながら、ふっと机の方を見る。

救急箱の他に、先ほど持っていた電子タバコの様なものと、

何やらカラフルな箱が数個並んでいる。


「…これって電子タバコとかですか?」

「せや、うちの舎妹が持ってきはったんよ」


テキパキと応急処置が終わると、ゆっくりと近づいてきて…私の隣に座った。


「もう痛みあらへん?」

「あ…は、はい、ありがとうございます」

「ええ、ここに居る限り、あての傷以外は残さへんよ」


にったりと悪女の微笑みをして、私の肩に顔を乗せてくる。

傷って…そう言うことか。


「や、やめてください……」

「ふふ、ま、また今度やねぇ」


そう言って、顔を離し机に肘をついて、頬杖を付きタバコへと手を伸ばす。

スッと口へと咥え一息……ふぅと煙が私に掛からない様に、吐き出した。


「随分甘いというか、廊下まで甘かったですよ…」

「そやった?ま、ええやろ?」


そう言ってまた、その真っ赤な口紅の艶やかな唇で咥えこむ。

目を閉じて、ふぅと吐き出し最大限、煙を楽しんでいた。

私がそれをじっと見つめていると彼女は閉じた目を開け、

くるりとタバコを回し、ピッと私の方へと向けた。


「すいはる?」

「……へっ?で、でも体に…」

「ニコチンもタールも入ってへんよ」


先ほどの悪女の笑顔ではなく、とても優しい笑顔をして、

私にそれを勧めてく私は恐る恐る手に取り……

じっと見つめて、口へと入れようとした時、ハッと気がつく。


(これって…関節…)

吸い口には、彼女のべにが残っている。

少し恥ずかしい気持ちになるが……。


(そういえば、初日にこれ以上の事……)


あの時の行為を思い出して、少し顔が赤くなる。きっと気の迷いだ。

こんな怖い人…そんな事考えながら、ふるふると顔を振る。

改めてタバコへと口をつける。少し暖かさが残った吸い口、それを吸うが…。


「んぶっ…ゲホッゲホッ!」

煙が変なところに入ってしまったのか、むせてしまった。


「はは、吸いすぎやねぇ」

彼女は私の背中をさすって落ち着かせてくれる。


「はぁ…これ、無理ですよ……」

「次はゆぅくり吸い」

言われた通り、もう一度口をつけ、ゆっくりと吸い始める。


「……ふはっ…あ、あまっ…」

ふふと彼女は笑う。余りにも甘いハチミツの味が、口を鼻を通っていく。


「き、きついです、お返ししますね…」


彼女にそれを返し、ふぅとため息を吐く。

彼女は受け取ったそれを咥え、立ち上がり救急箱を戻そうとした。


「……随分古い箱ですね」

それを聞いた彼女は、ピタリと足を止めてくるりと振り返り、こう告げた。


「…母が使いはってたんよ」

「お母さんがですか?…詳しく教えて貰えませんか?」


いくら、怖いといえ、女性としてはとても魅力的

そんな人の過去は少し知りたい。彼女は、ふぅとため息を吐きながら、

救急箱を机へと戻し、また隣へと座り込む。



「ええよ、あての母の話しちゃる」

そう言って、彼女の、悲しい過去の話をし始めた。

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