第四話後編「睨まれるは可愛さの如し」

「あの子、遅くなぁい?ジュース買うだけなのに〜…」

「さぁ、嫌になったんじゃないのか?」

「むぅ…なら、悪態ついてた事、りんねぇ様に言うだけだし〜」


私が席に戻ろうとした時、そんな声が聞こえて来た。

やはりお灸を吸えた方が良いようだ。


「お待たせしました」

「あ、おかえり〜!ちゃんと買ってきたって……」


彼女の前に買ってきたジュースを置く。

彼女はそれを嬉しそうに受け取るが

目線は私が持ってきたものに、釘付けだった。


「なぁにぃ!シュークリームも買ってきてくれたのぉ!?」


持ってきたトレイの上には、シュークリームが五個。

お菓子に目がない彼女は、すぐさま取ろうとして来るが

私はそれを制止させ、勝負を挑んだ。


「蛇ノ目さん、ちょっと勝負しませんか?」

「……しょーぶ?」


彼女があざとく首を傾げる。

ただ私の真剣な眼差しを見て、本気だと察したのか

鋭い目つきになり、話を聞く体勢になった。


「それで?なんの為の勝負なの?」

「私が勝ったら、パシリは今後一才なしで

蛇ノ目さんが勝ったら、頼んで貰って構いませんよ……」


そういうと、彼女の目つきがさらに鋭くなる。

蛇のように獲物を見るような目になり、舌舐めずりをする。


「いいよぉ?それで、何で戦うの?」


かなり乗り気で、持っていたジュースをぐいっと飲み干し

そのまま机の上に置く。勝負に絶対に勝つという、気持ちが顕になっていた。


「勝負は簡単です。

この五つのシュークリームの中に、一つだけわさび入りを作りました」

「ロシアンシューか!面白い事考えるなぁ兎沙美!」


猪狩が茶々を入れてくる。

パッと思いついた割には、自分でもいいと思った博打だ。


「なるほどねぇ…ふぅん……」


彼女はシュークリームをまじまじと見つめる。

最初に出会った可愛らしい瞳ではなく、

蛇のように鋭く、凛々しい目つきをしていた。


「おい、ずるするんじゃねぇよ」


猪狩がそういうと、シュークリームへと手を伸ばし、

素早い動きで位置を変える。


「ありがとうございます、猪狩さん、さてそれじゃあ……」

「ふふ、早速開始だね!んじゃ早速いただきまあす!」


素早い手付きで、一つのシュークリームへと手を伸ばし、口へと頬張る。

暫く咀嚼した後…頬に両手を合わせて、満面の笑みを浮かべた。


「おいひ〜!甘くてとろけるぅ〜!」

「こいつ、辛いの苦手だから、痩せ我慢してる訳じゃねぇな」

「なら次は私の番ですね」


私はゆっくりと、手を差し伸べ、狙ったシュークリームを手にとる。

持った時の感触は軽い、おそらく入っていないだろう。

私はそのまま口へと入れ込んだ。

口の中には、カスタードの甘い味と、ホイップの柔らかな食感が残る。


「……甘いですよ」


そういうと彼女は少し残念そうな顔をしたが、すぐに甘いフェイスへと戻った。


「さて!次は蛇ノ目だね!…えっとぉどれにしようかなぁ〜?」


ぷっくりとした唇に、指を当てながら

残り三つのシュークリームを眺めていたが

すぐにその一つに手を出し、そのまま口へと頬張る。

もぐもぐと口を動かしたのち、にっこりと甘い笑みを浮かばせた。


「んふふふ〜!あまーい!後二つだよぉ〜早く選びなよぉ、も・も・かちゃん」


にやにやと笑い私の二の腕を突っつく、

甘くも腹黒い行動、勝ちを確信しているようだ。


「…わかりました、選びますよ」


私もにっこりと笑みを浮かべ、シュークリームへと手を伸ばす。

持ち上げようとした瞬間、それがわかる。重いのだ。

まぁまぁわさびを多く入れたが為に、重みが指へとのしかかる。


「おやおやぁ?どうしたの?顔が引き攣ってるよぉ?」


にやにや声で彼女に煽られる。このままでは負け、たかられてしまうだろう。


「…終わりか、期待してたんだがな……」

「ね〜っ、やったぁこれで沢山お菓子食べほーだい!」

彼女が、猪狩の方へと向き、一瞬の隙を見せた。


(……やるっきゃ…ない!)


私は、ハズレのシュークリームを持っていくフリをして、

あたりのシュークリームへとぶつける。

ハズレはあたりがあった位置へとズレた。

手で隠しているため、あたかも最初からあったかの様に見える。

そのまま私はズレたあたりを手に取り、口へと入れ込んだ。


「あっ!食べた食べた!つーんってするでしょ?

やったぁ!これでお菓子食べほ――」

「ふふふ、甘いですよ、私の勝ちです」

「……は?」


彼女が低い声唸るような声を出す。

そして可愛さとはかけ離れた、どす黒い顔を浮かべて、私の方を睨みつける。


「あんた、負けたくないからって、痩せ我慢してんじゃねぇよ」

「いいえ、甘いですって」


ぎりりと歯軋りをして、更に怒りを露わにする。

彼女が何かを叫ぼうと、口を大きく開けた時、

横からスッと手が現れ、彼女の口を覆った。


「お前の負けだぜ?蛇ノ目」


口に手をかけたのは、猪狩だった。

しかもただ手をかけただけじゃない、何かを口に入れ込ませたようだ。


「もご……もがっ……」


彼女が、入れ込まれたそれを、咀嚼する。

暫くして顔を真っ青にして大声を上げた。


「か、からぁぁぁぁぁぁっいいぃぃいい!!!!」


鼻をぎゅぅっと抑えながら、目から大量の涙を流す。

どうやらハズレのシュークリームを突っ込んだらしい。


「はっ!大人しく負けておけ」

「食べさせなくても……」

「負けは負けだ、お仕置きしないと、また挑んでくるからな」


猪狩は笑いながら、私にそう言ってくる。

確かに、そうかもしれない、多少は痛い目にあって貰わないと……。


「んぎぃぃぃいいいい!!!」

「はっははは!こりゃ傑作だな!」

「……入れ過ぎちゃったかな?」


未だにからいと叫ぶ彼女を見て、少し罪悪感を感じながら

伸びてしまった蕎麦を食べ始めた。

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