第四話前編「睨まれるは可愛さの如し」

「はぁ……」


朝、早い時間、支度をしながら昨日のことや、輪廻さんについて考えていた。

何故あんなにも、美しく強いのだろうか?

私には何も理解出来ない。ただ理解出来るのは……。


「〇〇くぅん……会えなくて辛いよぉ……」 


はぁ、とため息を吐きながら、支度を終え廊下に出る。

同じような人たちが、自室から沢山、出て来ている。

落胆してると後ろから、とんと肩を叩かれ、後ろを振り向く。

そこ居たのは猪狩、彼女だった。


「あ、どうも」

「どうもって……軽いなオイ」

「今はそれ所じゃないんです……はぁ……」


推しに会えない気持ちと、ここから出れないという気持ちが

鬩ぎ合っている中で、話をされても……

そんな事を考えていると、猪狩が口を開く。


「そう言えばお前、輪廻様に勝負挑んで敗北したんだってな、ハハッ!」

快活に笑いながら、私の肩を叩く。いらっときた私は反論する。


「そりゃだって、無理矢理やらされて、勝ったら返してくれるって言うから!」

「あぁ、いやすまねぇ、悪口って訳じゃねぇんだが……」

彼女は、ひっそりと私の耳元へと近づき、小声で喋る。


「よく聞けよ、先輩のよしみだ。ある奴がその噂を広めちまった

そのせいでお前はこの組で、一番狙われやすい。周りがみんな敵だと思え」

そうぶっきらぼうに言ってくる。だが同時に優しさを感じる忠告だった。


「……忠告と実践ありがとうございます」

「…ふん、本当に気に入らない奴だな」


頭を掻きながら彼女は、自分の仕事場へと向かう、私も行かないと。

推しに会うために、ここから出なければ。



輪廻さんの指示のもと、今日は洗濯の雑務を行うが…。


「とはいえ……これは、多過ぎじゃ無い?」


目の前に積まれる大量の着物や下着。

人数が多いという事もあるし、尚且つ色だって生地だって違う。

使う洗剤も見た事あるものから、業者が使う様なものまで……

相変わらず、ひとりでやる量では無い。


「……やるしか無いかぁ」

腕を捲って気合いを入れると、大量の洗濯を掴んだ。



洗濯場に響く洗濯機たちの音。

ドタドタと走り回る私、少しずつ少なくなっていく洗濯物。

たまに別な人たちが来て、汚れたものを追加していく。


「はぁ……はぁ、しんどい、でもやっと終わりが見えてきた」

後もう少しだ、洗濯機が回り切るまで待っていると、ふと声をかけられた。


「こんにちは〜!新人さんだね?初めまして〜蛇ノ目でーす!」

声をかけて来たのは、140cmあるかどうかくらいの小さな女性。

童顔で、手入れの入った白い肌、クルンとカールした長いまつ毛

星がばら撒かれた様に、キラキラと輝く黄色の瞳、白いアイラインと

目尻についた赤いアイシャドウがコントラストを奏でている。


髪も丁寧に手入れされており、

金色で内側にくるりとカールした髪型が特徴的だ。

目立たないくらいの赤色の口紅を塗った唇には、

棒付きの飴玉が引っ掛けられている。


「……こんにちは、どうしたの?迷子?」

「む、名前も乗らずに、子供扱い?

子供じゃ無いですしー!もう二十歳超えてるもん」

「ご、ごめんなさい、私桃華って言います、とっても可愛い先輩ですね」


ぷりぷりと怒るその顔は、あざとさ満載で幼女としか思えない。

幼女らしくて可愛いものだ、可愛さのあまり彼女のあまたを撫でてしまう。


「むむむ、先輩の頭を撫でるとは、どう言う了見だぁ?」

「あっ、あぁすいません、ついつい……」

怒らせてしまったらく、彼女は可愛い声でこう脅してくる。


「いい?この事、輪廻様に言われたく無かったら…

私にお菓子を貢ぐこと、わかった?」

「は、はぁ?」


そう言って彼女は、この場から消えていく。

一瞬わからなかった。何故お菓子なのだろうか?

まぁ、可愛いからいいかと、この時は考えていた。

この後後悔することになるとは、夢にも思わなかったのだ。


「ふはぁ……午前中の仕事終わったぁ……」


全て干し終わり、背伸びをする。

備え付けの時計を見れば、もう十二時を回る頃だ。

やっと一息出来る、そう思った時、私の視界にひょこっと彼女が入ってきた。


「終わったぁ?ならお菓子売ってるから、買って来て?」

きゅるるんと、あざとい笑顔を見せてくる。


「あっ…う、うんわかったよ」

その可愛さに、ついお菓子を奢ってしまった。


「ありがと〜!また宜しくね〜」

買ったお菓子を持って、そのまま何処かへと向かう。


「…まぁ、一回くらいならいいか……」


そう独り言をぼやき、ぐぅとなるお腹をおさめに私は食堂へと向かった。


食堂は沢山の人と、食べ物の匂いでいっぱいで座る場所も限られている。

先ほどもお金を支払って居たが、食事代は一週間に一度、出される。

それでご飯も食べれるのだ。


(……今日は何を…蕎麦、いいなぁ…)


今日のおすすめに蕎麦が出ていた。働いた分ガッツリと食べたい気分だ。

カウンターで、蕎麦を頼む、トレイと箸を用意しながら

待っているとフリーのワサビチューブが目に入る。

丁度いいので、トレイにそれを置く。

暫く待っていると、聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「おい、蛇ノ目、新人の噂広めてどうすんだよ」

「広めてなんかないも~ん、ちょっとお話しただけだよぉ~」

「おい!さらっと俺の飯盗むなよ!」


声の方を見れば、猪狩と蛇ノ目さんが、同じ席で食べ合っている。

話は…あまりいいものではなさそうだ。

可愛いだけな筈がないか…そんな事を考えていると、蕎麦が置かれる。

それを受け取り、何処で食べようかと、悩んでいると私を呼ぶ声が聞こえた。


「お〜い、桃華ちゃ〜ん、こっちおいで〜」


あざとい声、彼女の呼ぶ声だ。

呼ばれるままに彼女の隣空いている場所に

食事を置き座ろうとしたところで、彼女が口を開く。


「桃華ちゃん、じゃのめ喉乾いちゃったから、ジュース買って来てよぉ?」

と、あざとくおねだりしてきた。ここで断って面倒ごとになるのもよくない。


「わかりました、これで、最後にしてくださいね〜」

立ち上がって自販機まで向かい、買おうとした時、ガッと腕を掴まれた。


「どうした桃華?脅されたか?」

 掴んでいたのは猪狩だ。


「えっと、可愛かったからつい撫でてしまって…」

「あーなるほどね」

猪狩が面倒臭そうな顔をする。


「……やっぱりいいように、使われてます?」

「あぁ、そうだよ、あざとく蛇の様な女さ」

「あざといのは…推しに似てまして……」

それを聞いた猪狩は、呆れた顔をしてこう告げる。


「このままだと、めんどくさいぞ。何かしらお灸でも据えてやれ」


そういうと猪狩は、自分の飲み物を買い、席へと戻っていった。

確かに、搾取されるのもつらい。少しお灸をすえなければ……

そう考えた時、ふとカウンターのシュークリームが目に入る。


シュークリームと、ワサビ……。


「……そうだ、これならイケる」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る