第三話前編「イカサマ対決!」


「……あぁ!もう!〇〇くんに会いたい!」


業務を終わらせ、ベッドの上で倒れながら、そう叫ぶ。

強制的に働かされてから、数日はたったある日、私は限界に達した。

あまりにも激務過ぎるのが、限界だった。

もうここから逃げ出したい程に。


「……でも借金、払って貰ったって話だもんなぁ……」


流石に、そこまで落ちぶれてはいない。

罪悪感があり働いてきたが、それでもかなり辛いものがある。

このままではどうなってしまうか……。


「荒咲さんに話すしかないか……」


私は限界を感じ、彼女に話をしに行く事にした。

乱れた服を着直し、椅子に座って化粧の崩れたところを治す。

それなりに容姿を整えれば、女性好きの彼女の心を動かせる筈だ。


「よし……行こう!」


サッと整え準備完了だ。

私は激務で疲れた体を動かして、彼女の部屋へと向かった。


とん、とんと檜の廊下を歩き、彼女の部屋まで辿り着く。

襖にガッと腕をかけ、バンッと勢いよく開けた。

開けた先、部屋の中、彼女はスキンケア用品を机の上に並べ、

自分の爪を研いでいるところだった。


「……元気がええなぁ?」


 嫌そうな顔で京都弁の皮肉を放つ、ノックくらいしろという事なのだろう。


「えぇ!とっても元気がいいんで」


同じように皮肉交じりに、返事をしてそのまま中へと入る。

彼女の前に座り要件を、言い始めた。


「お話があってやってまいりました」

「話…?ええよ、言ってみ」

「では…すぅ……」


一呼吸してから、まぁまぁ大きな声で彼女に話す。


「忙しすぎやしませんか!?毎日毎日あれでは、疲ればかり溜まります!」

「そやけど、やれてはるやろ?」

「そりゃ無理矢理ですよ!でもあんなの一人でやる量じゃありませんって!!」


彼女は、相変わらず爪を研いではいるが、こちらを真剣に見つめている。


「そんくらいせんと、あんさん借金返せんよ?」

「でも勝手に、払ったのはそっちじゃないですか!」

「せや?あんさんが、欲しかったさかい」


顔色一つ変えず、ストレートにその言葉を吐かれる。

一瞬戸惑うが、彼女のペースに乗るわけにはいかない。

そのまま反論をし始める。


「欲しいとか、そんな事はともかく!勝手に払ったのはそっちであって、

私があんな激務をやらされる筋合いはないんです!早く帰らせてください!」

「……」


彼女は、爪とぎを置き、真剣な表情で私を見つめてきた。


「あんさん、死んではったかもしれへんで?」

「……やっぱりです?」

「借りる所考えへんと、裏社会はすぐに首が飛ぶ」


その言葉は、確かに冷たい、だがとても優しさに満ちた言葉だ。

本当に身を案じてくれているのだろう、こうなってくると良心が痛み始める。


「で、でも、それとこれとは話が……」


そこまで言った所で、すっと彼女が立ち上がる。

机をよけ私の方へと向かってくる・

そして両手でどん、と床に倒されると、そのまま私の腰へと馬乗りになり、

両手を私の顔の横にドン、っと突き立てた。

さらさらと長い髪が、私の顔を撫でる。


「話が?なんやって?」

「う……と、ともかく私は帰りたいだけ…」

「……ええよ、ただ勝負しやひょう」


そう言って、私の横へと倒れ込む。

彼女のつるりとした足が、私の足に絡み込み、彼女の体温が伝わってくる。

足の指が私の足をくすぶり、くすぐったくなる。


「しょ、勝負って…また丁半とかですか……?あとち、近いです」

「せやんなぁ…何がええやろうか?」


彼女は私の耳へと、口を近づけ、フッと息を吐きかける。

咄嗟に耳を手で抑える、体がゾワゾワとし、またくすぐったくなる。


「ふふ、なら同じもので勝負しやしょうか」

「…ち、丁半で、ですね……わ、わかりましたから、どいてください!」


私は無理矢理起き上がり、彼女から距離を取る。

彼女は少し残念そうな顔をしながら、

起き上がり、着物と髪を整え、部屋の襖を開けた。


「ほら、しに行くんやろ?」

「……わかりました、行きますよ」


不服な声を出し、私は彼女の後ろを追った。



廊下を暫く歩く、宿舎から賭博場までいく際、壁がなく外が見える。

ただ見えるのは、月夜に照らされた庭園のみだが。

丁寧に整えられたその庭園を見ながら、外への思いを馳せるのだった。


「桃華、はよき」

「は、はいわかりました」


彼女の催促に大人しく従い、今は遠い月を後にした。

賭博場、私にとって忌まわしい場所。

ここで彼女に負け、この数日間、激務に追われ、苦渋を飲まされた。

始まりの場所とも言って良いだろう。

あの時と違うのは、今は誰もいない事だけだ。


「客は入れて居ないんですね」

「今日は休みや」


そう言って彼女は、テーブルを一つ選ぶ、

テーブルには既に賽子とカップのセットが用意されていた。

これで戦うようだ。彼女はそそくさと座布団へと座り、口を開く。


「ほな早速、やりやしょ」

「…早いですね」

「遅いのは嫌なんよ、あんさんもやろ?」


まぁ確かに、遅くやられるのも、イライラが募るだけだ。

私も座布団へと座りこみ、臨戦体制を取った。

もう負ける訳にはいかない。


「それで、この勝負に勝ったら、解放してくれるんですね」

「せやねぇ…あんさんが勝ちはったら、借金もチャラ、解放もしたる」


机に肘を付き、彼女は不気味に笑う。

私は少し、ゾッとするが、それでも諦めるわけにはいかない。

この勝負に勝って…勝って…。



「……負けたら、どうする気ですか?」

一抹の不安が過ぎる。彼女はそれに呼応する様に、にったりと笑って。



「…あてから、離れられへん体にしたる」

そう笑顔で、答えた。

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