第二話後編「猪突猛進につき」

「………何か後ろに隠してませんか?」


そう、一瞬見えたそれは、ティッシュの袋だ。

彼女は後ろ手で、ティッシュを取り出し、廊下へと放り投げてに違いない。

私は彼女の後ろに回って、手の方を見た。


「……あれ?」


だが……彼女は何も持っていない。

先ほどまで持っていたはずなのに、

おかしいと思っているとこの行動に切れたのか、

彼女がまた怒りをぶつけてくる。


「俺のこと、疑ってやがるなこのアマ!新人だからって良い加減にしろよ?」

私の首元を掴みそのまま、力任せに持ち上げる。


「ぐはっ…ちょ、ちょっと!やめてくださっ!」

抵抗しようと両手で彼女の腕を掴むも、

彼女の腕は私の三倍も太く力強い、無論勝てる筈がない。

勝てないと考えそのまま受け入れようとした時、

彼女のはだけた着物から、チラリとそれが見えた。

チャンスは今しかない!私は気がつかれないように

ゆっくりと手を伸ばして…それを取ろうとした瞬間

鋭いドスの効いた声が聞こえた。


「猪狩、何してはるん?」

聞こえたのは、荒咲輪廻、彼女の怒りの声だった。


「り、りんねぇ様!?」


猪狩が私を掴んだ手を離す。

私はそのまま自由落下し、尻餅をつきながら、げほげほと息を吐く。

猪狩の方を見れば、彼女に対してお辞儀をし

萎縮しており先ほどまでと全くもって違う印象を受けた。


「も、申し訳ありません!この兎沙美という新人が自分の過失を、

私のせいにしようとしていまして……」

「げほっ、ち、違います!この人が散らかして、

それを指摘したら逆ギレされて……」

「何をこの…!」


言い合いの喧嘩になりそうになった時

パン、と手を叩く音が響く、次に聞こえてきたのは

輪廻さんの、あの冷たいドスの効いた声だ。


「喧嘩はそこまで、ほんで?どちらはんが悪いか、あてが決めましょ」


そう彼女が言う、じっと私達二人を見つめて、どちらが嘘をついているか

見定めている。その黒い瞳で、心を透かされるように。


「…桃華?確かに無茶は言うたけど、そんでもあんさんは借金がありはる」


そう言われていると、猪狩がふっとほくそ笑む。

このままでは私が悪いとなってしまうが

私には証拠が、決定的なものがあった。


「……輪廻さん、私証拠あります」

手を上げながら、恐る恐る答える。


「そんなもの、ある訳が……」

「猪狩、静かに、ほんで?何があるん?」

私はさっき掴まれた時に、スったものを見せつけた。


「……!!」


猪狩の目が点になり、自分の胸元を辺りを探りハッとした顔をする。

私が見つけたのは、彼女が持っていたティッシュの袋だ。

袋には可愛らしいくまちゃんの絵柄が描いてあり

ティッシュ本体にもクマの柄が印刷されている。


「ふむ、これは……」

「猪狩さんが持っていたものです、ほら、これ見てください」


そう言ってゴミ箱を持って来て

中に入っている丸められたティッシュを見せる。

私が見せたものと、ゴミに入っているもの

どちらも同じ柄であることは明白だった。


「ち、違います!元にこの女はこれを持っていて……」

「猪狩」


賭博場で聞いた心臓を掴まれた様な、ドスの利いた声

私に向けられているものではないが、あの時の恐怖が蘇るようだ。

猪狩もその声に萎縮してしまっている。


「桃華は、この服以外何も持たせてあらへん、そんに……」

私が持っていたティッシュの袋を指さし。


「これはようさん猪狩が使ってはるもんやろ?」

「ですが…その……」

「言い訳無用、罰として一週間、あてに1m以上接近禁止」


接近禁止?そんな軽い物で済ませるのかと、不服に思い言葉に出す。


「接近禁止だけって…」

文句を言おうとした瞬間、彼女の指が私の唇に、突きつけられる。

どういうこと?と思い彼女の方を見る。

彼女はにっこりと笑って、猪狩の方を指差す。


「…………」

猪狩の方を見れば、まるで試合に負けたボクサーのように真っ白になっていた。なんだと言うのだ?そう思っていると、彼女が口を開く。


「あれ、あてが好きなんよ」

「……なるほど」

ただその一言だけで、まぁ良いかとも思えるほど、納得させられる。


「ま、置いておいて、ようさん頑張ったな、桃華」

言われ少し嬉しくなる様な、そんな複雑な気持ちになった。


「借金返済の為なので……あとそれから……」

燃え尽きている猪狩の方を向いて、言葉をかける。


「確かに、イビリは良くないと思います。

でも初めに話しかけてくれて、嬉しかったです」

「……そうかよ、面白くない奴」

大きな溜息を吐いた後、何処かへと向かっていった。


「さて、こないなもんでおしまい、今日はようさん自分の部屋で寝な」

「わかりました、明日からも頑張ります」


部屋へと戻り、大きなため息を吐く。


「あんなこと、言ったけど、体ボロボロだよぉ……」

実際、今日だけでもかなりの重労働だ。

こんなのが毎日続いたら、と考えると辛いものがある。


「うぅ…〇〇君、会いたいなぁ…」

〇〇君への思いを馳せながら、私はベッドへと寝転んだ。


この気持ちが、数日後に爆発することも知らず。

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