第二話前編「猪突猛進につき」
ちゅん、ちゅん、と雀がなく声で目が覚めた。
視界がぼやけているが、心地がいい目覚めだ。
起きあがろうと、手を伸ばした所で、むにゅっと柔らかい感触が、手を包んだ。
「……?何か柔らかいものが……ふぇ!?」
掴んでいたのは、隣でねていた女性の胸だった。
羨ましいくらいに艶やかで、ふんわりとしていて…って、
そんな事を考えている場合じゃない。
「ん〜?……朝からお盛んなことで」
秀麗な女性は、胸のことはお構いなし…
いや、それどころか掴んだ手に手を添えて、揉ませに来て、にたりと笑いかける。
すぐさま私はその手を離した。
「そ、そう言えば昨日は……」
「そう、あんさんは負けて、あてに抱かれた」
そうだ昨日博打に負けて、身体を自由にされて……!
…そこから先は記憶が無い。
「昨日のあんさん、ひゃんひゃん鳴いてて、最高やったなぁ?」
そう言いながら、つつつと、腕をなぞってくる。
ひゃっと声を出し、後ろへと下がる。
「……そ、そのもう良いですよね、会社もあるので…解放して貰っても……」
そう言葉を投げかけると、彼女は掛け布団持ちながら起き上がる。
どうするのかと思えば、私の方に掛け布団をそのまま投げつけてきた。
「何ゆうとるん?ここで働いて貰わな、ねぇ?」
「ど、どう言う事ですか?」
「あんさん、借金あったろ?全部あてが払ったんやわぁ」
「え?」
「そんに会社の方にも、辞表を出しはった、これでええやろ?」
誰もが羨む秀美な裸体を晒し、堂々と宣言されるその言葉に、私は唖然とした。
「な、なんでそんな事を?何のメリットもないのに……!」
そう返すと彼女は少し考えたあと、ゆっくりと近づいてきて顔を寄せる。
顔面ゼロ距離、化粧もしていないと言うのに、白く艶やかな肌、
長いまつ毛と吸い込まれそうな黒い瞳、艶やかでサラサラな髪が、私にかかる。
息が掛かる様なそんな距離で、こう宣言された。
「あて、あんさんが欲しいんよ」
そのまま彼女から、唇を重ねられた。
甘くねっとりとした接吻、一瞬溶けてしまいそうだったが、
理性を取り戻し、とん、と軽く突っぱねる。
「ぷはっ……、な、何を……」
「えぇなぁ、その反応、最高やなぁ」
そう言いながら、彼女は畳んであった自分の着物を着始める。
裸の上から赤い着物を着て、しゅるりと帯を結ぶ。
とん、とんと箪笥まで向かうと、服を取り出し渡してくる。
「これ、あんさんの仕事着」
「えっ……で、でも……」
「問答無用、さっさとき」
……従うしかないだろう。渡された服を着る、勿論着物なんて着たことはない。彼女の手解きを受けながら、それに袖を通した。
一見、紅白の綺麗な着物の様に見えるが、
動きやすく着やすく設計されており、中々にいい服なのがわかる。
「着はったならそれ持ち」
着た後布団を畳み、彼女の指示の元、洗濯機まで持っていく事になった。
両手いっぱいに抱えながら、彼女の後ろを着いて行く。
「そんいや名前、言うてあらへんな」
そう言って、私の方を見つめこう言った。
「あては荒咲輪廻、よろしく兎沙美桃華はん」
「――さてはて、あんさんにはこれから、この場所で働いて貰もらいはる」
「借金分くらいは払ってもらわな、先ずは……」
そう言って彼女はこの施設の案内をしてくれた。
昨日大敗した賭博場、上客の為の客間に、組の炊事場、銭湯並みのお風呂にと。
その間に他の組の人ともすれ違ったが、その全員が女性だった。
男性は何処にもいない、本当に女好きなのだとわかる。
色々な場所を巡り、最後に組の宿舎にやってきた。
「ほんで、ここがあんさんが今日から住む場所」
宿舎の一つの部屋に案内される、部屋の扉を開け中を見る。
ベッドと机、クローゼットだけがある簡素な場所だ。
これからここに住むのかと思うと、質素に感じるが、
自分の汚部屋よりはマシだろう。
「ま、荷物は追々、まずは……掃除からして貰いまひょ」
「掃除ですか?」
「掃除道具は廊下にありはる、さっさとおやり」
そう言って部屋から出て廊下の端、道具入れをゆび指す。
「あんさんが住む場所なんや、自分でおやり、そんから廊下と共同スペースも」
「そ、そんなにですか?」
彼女がこくりとニヤつきながら頷く、
少し無茶を言っているのが伝わってくる。
ただここから出るには、借金を払わなきゃいけない。
「わかりました……やります」
「偉いなぁ?ちゃんとやりはったら、ご褒美考えちゃる」
そう言って、彼女は消える。私は少しため息をつきながら掃除を始めた。
「ここ、広すぎじゃない……?何人住んでるの……」
自分の部屋はささっと終わった。
でも、廊下や共同スペースが余りにも広すぎる。
それこそ、大人数でやるものだろう、一人でやるには無謀がすぎる。
「本当に……一人でやらせる気?なんて人だろう……はぁ」
手を動かしながら、悪態をつく。
いくら自分が撒いた種とは言え、こんな肉体労働をやる事になるとは。
でも、彼女、怖いけど美人だったな……スタイルも良いし、
髪だって艶々、何使ったらあんな髪になるんだろう…。
自分の枝毛を弄りながら、そんな事を考えていると。
「……おい、お前新人か?」
いきなり声をかけられて、体が飛び跳ねる。
振り返るとそこには、筋骨隆々の女性が居た。
自分と同じだが少し着崩した着物を着ており、その胸筋をさらけ出している。
髪の毛は茶色のポニテで、長く垂れたそれを左右へと揺らしていた。
顔だちは吊り目で怖い印象を受ける。
化粧もイエベと黒い目立つアイライン。
目尻に赤いアイシャドウと、怖い印象を受けさせるような物ばかりだ。
「新人だろ?挨拶くらいしたらどうだ?」
「…は、はい、兎佐美桃華です!よろしくお願いします」
「あぁよろしく、俺は猪狩だ」
そうぶっきらぼうに言うと、私が掃除したところを鋭い目つきで見つめる。
「おい、あそこまだ掃除出来てないぜ?」
「……はい、わかりました」
小さく声を出す、言われた通りの場所を見るが、特段汚れも埃も見当たらない。
どう言う事だろうか?猪狩と名乗った彼女の方を向く。
「あの、何も何ですけど……?」
「今あったと思ったんだがな、あ、ほらあっちにあるぜ?」
はいと返事をして、指を指した方へと向かう。
先ほどまで無かった丸められたティッシュが捨ててある。
拾えばクマの柄がついている可愛らしい物だ。
(こんなところに……さっき掃除したはずなのに)
その紙ゴミを拾いゴミ箱へと捨てる。
「おい、あっちにもまたあるぜ?」
そう言われ見てみると、またティッシュのゴミが増えている。
(これって、もしかして……)
ちらっと猪狩の方を見れば、口笛を吹きながら後ろで手を組んでいる。
明らかに様子が変だ、よく見てみると紙ゴミがまた増えている。
これは……新人イビリ!?
「あの……散らかしていませんか?」
「何の事だ?お前の過失を俺に押し付けるつもりか?」
ドスの効いた声で、私に向かって怒鳴ってくる。
「い、いえそう言う訳では……」
「なら……さっさと片付けろ」
ぶっきらぼうにそう言ってくる、私は仕方なく掃除を続けた。
掃除して後ろを振り返ると、また紙屑が増えている。
彼女を見るが口笛を吹くだけで、我関せずといったところだ。
(何か証拠は……?)
いびられているだけでは不服だ。
何か証拠はないだろうか、彼女を見るが、特段何も無い。
「…なに見てんだ?輪廻様に言われてんだろ?」
「…いえ、見てるだけなら……と思いまして」
「俺はお前の監視役を頼まれてる、だからそれ以外をやると命令違反だ」
屁理屈のような答えが返ってくる。
だが、こういう奴は治せないと会社で学んでいる。
何か証拠は…そう考えながら、彼女の方をふと見た時。
「……!!」
一瞬だが、それが見えた。単純な物だがきっと、これが証拠になるはずだ!
私は、彼女に一泡吹かせる方法を、考えた。
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