第一話後編「賽の目と兎」


「半です!またお客様の勝利になります!」


あれほどあったお金の束は、片手で数えられる程度になってしまった。

ほとんどあの女にむしり取られた。絶望とはこのことなのだろう。

絶望で視界が狭まり頭が真っ白になっていく。


こっちはイカサマして出目を操作しているはずなのに、

ことごとく外していく、サイコロは持った感触からして、

普通のはずなのにと、考えている最中、女が口を開く。


「ほら、まだまだあるんやろ?最後までやらんと……ね」

「で、でもほら、もうほとんど無いし、これくらいで……」



そう言ったところで、目の前に銀色の何かが勢い良く通った。

次に感じたのは首元に冷たく硬い感触。

……日本刀であると理解するまでに時間が掛かった。


「あてのシマでやりはったことは……

落とし前つけてもらわへんとなぁ?いかさまさん?」

「あぐっ……な、なんで?」


イカサマがバレていたどころでは無い、

この女が運営者だとは思いもよらなんだ。

首筋の冷たさが一層増していく、続けるしかない絶望が満ち満ちていく。


「ほうら、つづきやりはるよ、次はあんさんの番や♡」

パッと日本刀が離される。


「はっ……はっ……」


先ほどの冷たさが首に残る、あのまま切られていたらと考えると、ぞっとする。サイコロを振ろうとするも、手が震え上手く振ることができない。


「あんさん?どないしたん?手伝いまひょか?」


彼女がそう言うと私の手に、その秀美で陶器のような可憐な手を添え、

ねっとりと私の手を触り、サイコロを器へと落とす。

から、ころ、という音、何が出るかわからないだが、やるしかない。


「ちょ……いや、は、半!!」

「なら、あては丁」


サイコロが回る音がゆっくりとなり、静止する。

スタッフが器を覗き目を言葉にした。


「丁になります、りんねぇ様の勝利です」

また負けだ……このまま続けたら私は、どうなってしまうんだろう?


何度か逆転を狙った、サイコロを振る力加減を変えたり

自分が言った奇数と、逆の偶数を出す振り方にしたりと…

ただそれでも、勝てず……負けに負けを重ねていった。


所持金ゼロ、服も脱がされ下着のみ、これ以上何を賭けろと言うのだ?

この女は狂っている、本当に私から何もかも奪う気だ。

次で最後、何を賭ければいいかわからない時、女はこういった。


「そんやなぁ、こんに勝ったら、かえってええよ」

「ほ、本当ですか?」

「えぇ、あて嘘は嫌いでなぁ、ただ次負けたらせやんねぇ……」


女は私の肩をその陶器のような白く冷たい指で、つつつと滑らせ、

耳元でつん裂くような凍ったドスの効いた声でこう告げた。


「あんさんの人生、貰いはるから」

「……!」


背筋がゾッとする、もし負けたら、と考えると絶望で満ちていく。


「……い、言ったからね!全部返して貰うからね!」


その絶望を押し切り、いやきっと無謀に近いだけど……

最後の最後まで足掻いてやる!私はサイコロを、最後の力を振り絞り落とす。

器の中で、イカサマによる計算された動きをし始める。


「……半!私が勝つんだ!」

「あては、じゃぁ丁にかけやしょうか」


から、ころ、転がる賽はゆっくりとなり…

奇数、つまり半の目になるのが確定した。


やった、勝ったんだ!そう嬉しくなった。

……がそれは直ぐに冷めることとなった。


最後の賽が止まろうとした瞬間、ぽんと跳ね上がる。

絶対にしない動き方、一体どうしてだ?あの女が何か?

そう考え、ちらりと見れば、女はわざとらしく。両肘を机から中に上げている。ハッと気がつく。机を押さえ付け、いつでも飛ばせる様にと、

『両肘をつけていた』のがわかってしまった。


「あ、あんたそ、それ……」

「んー?あぁいちはなだってもやったんやけど、気ぃつかへんかったさかい」

「あての、かち♡」


背筋が凍る、恐る恐るカップの中を覗く。

賽の目は、6、偶数つまりは『丁』、私の人生の終わりがそこにはあった。


「あんさんもやりはってたんや、文句はいえへんやろ?」

「わ、わたし……ど、どうなる、んですか?」


ガタガタと震える、このまま海にでも沈められてしまうのか?

それとも、あの鋭く尖った日本刀で、切られて殺されてしまうのか?

絶望に打ちひしがれ、恐怖に震える。


「りんねぇ様、完全に怯え切っちゃってますよ」

「んー?あぁ、やりすぎてもうたかしら、ほうら安心して」

女は怯える私の事を、軽々とお姫様抱っこする。

近くでしっかりと見た時彼女が、とっても綺麗に見えてしまった。


賭場を離れる、五月蝿さが消え、夜の縁側を抱かれながら移動される。

私が見惚れていると彼女が私に話しかけてくる。


「ま、あやめはせぇへん、あて好きじゃあらへんの」

「じゃ、じゃぁえっと何を……?」

「……♡」

そのまま彼女は私の唇を奪う、さらに訳が分からなくなる。


「ふ、ぷはっ、な、何を??」

「ふふふ、あんさんにはここに住んで、仕事、掃除それから」


その真っ赤な唇を私の耳に近づけて


「あての相手を、してもらいはるから」

「ふ、ふぇ!?で、でもこんな女で……」


自分を卑下するも彼女は、少し何かを考えたのち近くの扉を開け、

中へと入り私をそのまま床へと落とす。


びっくりするも下になにか柔らかなものがあり、そこまで痛くはない。

何がクッションになったのだろうか?それを見た時、声を上げてしまった。


「ふ、ふとん…!……ってことは……」


布団から彼女の方へと向き直せば、そこに居たのは先ほどまでの彼女ではなく、『獣』そう言った方がいいだろう。欲望剥き出しになった彼女は、こう告げた。



「あて、あんさんみたいな女が好みなんよ」

「肝が座っとって、ほんであて色に染めやすそいな、女が…ね?」



その後の記憶は、私は定かじゃなかった。

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