第4話 小学生の悶々


 実際のところ、毒島黒男は一体いつごろから自分に催眠術なんて力が宿ったのかを知らなかった。

 ただ、自覚した日の事は鮮明に覚えている。

 とは言っても特別な事は起きていない。

 いつも「野菜を残さず食べなさい!」と口煩い母親に対して「イヤだ!」と反抗したところ、あっさりと「分かったわ」と引き下がられ、それどころかすべての野菜を食べて貰えた。

 それが最初の疑惑。

 あの頑固者で面倒臭い母親があっさりと自分の言う事を聞くなんて、あり得ない。

 だから試しに「学校を休みたい」と仮病をしたいと堂々と告げてみたところ、なんと母親はあっさりと「学校に連絡するわ」と言うのだった。

 間違いない。 

 どうやら自分は他人に言う事を聞かせられる力があるのだ!

 ……それが催眠術と呼ばれる力である事を知ったのは、彼がパソコンを使って『エロ同人誌』を読んだ時だった。

 

 最初の頃、彼はその能力を我儘に使っていた。

 食べたい料理を作らせて、勉強をサボる。

 食べたい料理が食べられないなんて苦痛だったし、勉強なんて授業を受ければすべて理解出来るのにやる必要性が分からなかった。

 催眠術を使って、彼は悠々自適な生活を手に入れたのだ。

 幸い、彼にもそこそこの自制心はあった。

 だから例えば「欲しいものがあるから買って欲しい」という願いは口にしなかった。

 まあ、これに関して言うのならば、「家のお金を自分の好き勝手にしたらいろいろ終わる」事を彼は小学生ながら理解していたからだった。

 

 そう、彼は小学生でありながら賢かった。

 だから、他人を好き勝手に出来るという意味もすぐに理解した。

 

 最初に催眠術を使って操ったのは、同じクラスメイトの○○。

 学校の影に呼び出し、パンツを見せて貰った。

 その時のドキドキを今では忘れてしまったが、凄く興奮した事だけは覚えている。

 その後も彼は女の子を操ってはパンツを見せて貰った。

 ……その頃はまだ性知識というものが皆無だったのでそれくらいしか使い道が思いつかなかった。

 

 そして、彼がエロい知識をパソコンで入手した頃とほぼ同時期だった。

 

 

 彼が、雛木歩夢という女の子と出会ったのは。

 

 可愛らしい女の子だった。

 少し色の抜けた肩に掛かるほどの長さの黒髪、澄んだ茶色の瞳はくりっとしている。

 肌は透き通るように白く、そして何より彼女は今まで会ったどんな女の子よりも大人びていた。

 

 それは一言でいうのならば、一目惚れだった。

 だからこそ彼がすぐに自身の催眠術を使い彼女を思いのままにしようと思い至ったのは当然の道理とも言えた。

 当然の帰結とも言えるが、催眠術によってすべての人間を意のままに操れる彼には、もはやブレーキというものが存在していなかった。

 行動の指針は「自身にとって利があるか否か」だ。

 そして彼女を自分のものにするという事はどうしようもないほどに利がある事、その筈だった。

 

 だがしかし、彼は催眠術を用いるよりも前に知ってしまった。

 

 

「ん? 黒男、何見てんの?」

 

 無意識のエロというものを。

 ……具体的に言うと、身体を前に倒した時にちらっと服の間から見えるおっぱいの膨らみとか。

 特に歩夢という女の子は何故かいろいろと防御力が低く、黒男の欲情を刺激しまくった。

 その結果、どうなったか。

 

(やべえ、エロ過ぎんだろ……!)

 

 エロに対する躊躇であった。

 ここに来て初めて彼はブレーキというものを手に入れたのである。

 というか、催眠術でエロい事をする前に歩夢が接近してきて黒男の情緒をぐっちゃぐちゃにしてくるので、それより先に進もうとするどころじゃなくなると言うべきか。

 挨拶としてパンツを見せて貰ったりとか、その程度ならば辛うじて出来る。

 だが、それより先は「やべえ」と思って立ち止まってしまう。

 そしてその間に歩夢が肉薄してきて、黒男の事をノックアウトさせてくる。

 

 それが二人にとっての、というか黒男の日常だった。

 

 ……今日も今日とて黒男は悶々としながら歩夢の近くにいる。

 風呂場に入って裸を見てやろうと思ったが、まさかその先に踏み込んでくるとは思いもしなかった。

 で、その結果がこの様である。

 お風呂場でソロプレイしてすっきりした後、「俺何やってんだぁ」と罪悪感に苛まれながら風呂場を掃除。

 出て見たらなんか、見慣れた学校のジャージ。

 それを着たらなんか歩夢の匂いがするんだけど?

 

「いや、私の服なんだからそうでしょ」

 

 マジでこいつ本気で言ってんの?

 黒男は空を仰ぎ見たい気持ちでいっぱいになった。

 鼻血が出て来たので猶更である。

 

 ともあれ鼻にティッシュペーパーをぶっ刺した黒男。

 それから公園でやっていた『モンスター・ブレイカー ライン』を再開する。

 ちなみに後一か月で大型有料アップデートがあるので、その為に二人ともゲームを進めている最中といった感じだった。

 

「ふ、ふん。ふむ」

 

 ベッドに転がりながらゲーム機を操作する歩夢。

 そんな彼女は今、ぶかぶかのシャツ一枚とかいうお前正気かと突っ込みたくなる格好をしていた。

 それで足をバタバタさせているのだから頭おかしい。

 動かすたびに健康的な太ももが視界にチラつく。

 ていうかパンツが丸見えになっている。

 本人曰くお気に入りのシトラスグリーンのパンツが。

 

「……」

 

 もし。

 もし、今自分が彼女に覆い被さったらどうなるのだろうか?

 そんな想像をしてしまう。

 きっとそうしたら歩夢は驚いて――それから、どんな反応をするのだろう。

 歩夢は黒男にとって常に予想外の斜め上な行動をして来る。

 だからその反応を予想する事は難しい。

 

「嫌い」

 

 そう一言で言われたら首を吊る自信がある。

 催眠術で何とかなるとか、そう言う問題ではない。

 凹むとかそう言った次元でもないし、普通に死を選ぶ。

 

「ん、どしたの黒男?」

 

 ふと、そう尋ねてくる歩夢に黒男は「なんでもねーよ」と答える。

 

 ……既に催眠術を使って歩夢を自分のものにしてしまおうとか、そういう事を黒男は考えないようになっていた。

 それが成長なのか否かは、今のところ分からなかった。

 唯一間違いないのは――

 

 

「んふー、宝玉げっとぉ♪」

「おまっ! 抱き着いてくんなや!?」

 

 これからも、黒男は歩夢に翻弄され続けられる事だろう。

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