第5話 プール

 夏本番。

 と言う訳で、プールに行けと家を追い出された私は渋々黒男と一緒に近所にある市民プールに出掛ける事にしたのだった。

 唯一の救いと言えば、その市民プールは温水の室内プールである事だろう。

 ゴミ処理施設と一緒になっていて、その燃えるゴミを燃やした熱で水を温めているのだそうだ。

 ちなみにスパ施設もあったりする。


 プールは別に嫌いではない。

 ただ好きではないだけだ。

 というか運動が全般的に苦手である。

 より正確に言うとゲームが好き。

 一生家に引き籠ってゲームばかりしていたい。

 だから今日も荷物の中にこっそりゲーム機を忍ばせているし、適当なところで切り上げてゲームで遊ぶつもりだ。

 

「いやお前、『プールにはちゃんと言われた通り行こうな』?」


 しかし黒男と一緒にプールに行くなんて久しぶりだ。

 まあ、プールに行く機会は夏くらいなので一年周期でやって来るものなのだけど。

 気分的には10年も一緒に行ってないような気がする。

 プールに行って泳ぐ事自体アウェーだからなのかもしれない。

 イヤな事って忘れたくなるからね。

 あー、早くゲームやりたい……


「いや、歩夢がプール苦手なのは分かってたけど。泳ぐの苦手だったっけ」

「別に? 下手の横好きの反対だよ、私は。何ならバタフライも泳げるし、古流泳法だって行ける」

「古流泳法ってなんだ……?」


 一体いつどこで誰から学んだんだという黒男の問いに対しては「マニュアルを読んだのよ」と適当に答えておく。

 実際は動画サイトで見ただけである。


 さて、そうこうしている内に私達は市民プールへと到着。

 暑さを避ける為に朝早い段階から家を出ていた筈なのだが、既に結構ムシムシしている。

 これ、帰り道が大変になりそうだ。

 一応お母さんからは仕事に行く前に「これで黒男君とご飯食べてきても良いから」とお金を貰っているので、昼ご飯をここで食べてゆっくりしていくって手もある。

 貰った金額はプールの入場料と1500円、なので一応近くにあるハンバーガーショップで高めのセットメニューを二人で頼む事は可能だった。

 私的にもせっせかせっせかするのはイヤだし、お母さんの善意に甘えて今日はゆっくりしようかな?


「んじゃ、また」

「お、おう……」


 と言う訳で、私達は入場料を支払い、それからお互い更衣室へと入る。

 そしてさっさと水着に着替えた私はプールへと向かって彼がやって来るのを待っていたのだが、しかしオカシイ。

 あれ、何であいつ遅いの?

 こういうのって普通、用意するものが少ないっていうか脱いで履くだけの男の方が早いもんじゃないの?

 不思議に思ってプールの方を見に行ったが、しかし彼の姿はない。

 戻ってみても彼はいなかった。

 ……あれ?

 そうして首を傾げていたら、彼がやって来る。

 学校指定の水着ではなく迷彩柄のボクサーパンツみたいな奴だ。

 

 そして彼は私の姿を見、なんか驚いたようながっかりしたような表情をする。


「いや、お前なんでスク水なの?」

「え、いや。機動力良さそうだし」

「そう言う事を言っているんじゃねえ……」


 言いたい事は分かる。

 プライベートで来てるのに学校の奴を着ているのは如何なものかって事だろう。

 だけど、毎年毎年水着を買い替えるのも面倒だし、お金の無駄なのだ。

 その点学校指定のスク水は安く買えるし、特に授業で使う必需品だ。

 それをここで利用するのはとても利に適っていると思うのだけど。


 と、そこで何やら黒男の視線が若干下に向いている事に気付く。

 ああ、こいつまた……


「し、『視線は気にするな』」


 それじゃあ、早速プールで泳ぐ?

 といってもここ、一応本格的なプールと流れるプールに別れていて、泳ぐ場合はぷかぷか浮かんで流されるかガチで泳ぐかの二択を選択しなくてはならない。


「その前に、さ。その……」

「ん?」


 黒男はちらっとプールの方へと視線を向ける。

 時間が早いからか、まだ他の利用者はいなかった。

 

「そ、その。お、『歩夢のおっぱいってサイズどれくらいなんだ』?」

「え? ……Hカップだけど?」

「え、えっちぃ?」

 

 で、デカすぎんだろと呟く彼に私は「いやー」と続ける。


「最近というか今年に入って急激に大きくなりだしてね。正直ちょっと痛いし、だから多分まだ大きくなるね」

「まだ大きくなる!?」


 うっそだろおい。

 呆然と呟くが、残念かな現実である。

 大きいとただ使えるブラが減るだけなのであまり良い事がない。

 もうちょい、小さくても良い気がする。


「んじゃ、泳ごっか。じゃあ、どっちで泳ぐ?」

「……流れるプールで。そっちの方が歩夢、楽だろ?」

「楽とは」

「も、もとい。あんまり泳ぐ事に対して消極的なら、そっちでぼーっと時間潰す方が良いんじゃねえか?」


 一理ある。

 そう思った私は頷き、それからスイミングキャップを装着して彼の手を握る。


「じゃ、行こう?」

「お、おお……!」

「なんか身体が固くない? 準備体操する?」

「時々俺はお前の事をぶん殴ってやりたくなる時があるよ……」


 言っている意味が分からなかったが、とりあえず私達は準備体操をし、それからプールへと向かった。

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