あなたの気が楽になればと思って話します

仲瀬 充

あなたの気が楽になればと思って話します

深夜に沢辺医師宅が襲われた。

夫婦が撲殺され娘の恵美も絞殺されるところだったが一命はとりとめた。

付近をうろついていた村田という中年の男が確保されたが黙秘を貫いている。


村田と沢辺一家の接点が判明した。

2年前、村田の当時20歳の娘がひき逃げに遭った。

搬送先で村田夫婦は沢辺医師から「手を尽くしたが脳死状態でどうにもならなかった」と告げられた。

その後娘を失った村田は酒に溺れ夫婦は離婚した。


沢辺病院の男性看護師からの情報提供が村田の犯行を裏付けた。

「植物人間状態で運ばれた患者が手術の結果脳死になったという話を居酒屋で知り合った村田に話したんだそうだ。まさか患者の親とは思わずに」

「植物人間と脳死は同じじゃないんですか?」

捜査に携わっていなかった尾上刑事が先輩の石坂刑事に言った。

「大違いだよ。それにな、沢辺医師は手術ミスじゃなくわざとやった疑いがある」

「えーっ?!」

「当時高校生だった沢辺の娘は重い心臓病を患っていてドナー、つまり臓器提供者をさがしていた」


「ひどい話ですね。で、今回の犯行の物証は出たんですか?」

「村田は首を絞める途中で顔を無理やり胸に押し付けてきたそうだ。それで娘のTシャツから村田の皮膚の組織が採取できた。自白するのも時間の問題だろう」

「暴行されたんですね。やりきれないな」

「いや、そうじゃなく村田はすぐに逃走した。その件で沢辺の娘に会いに行くが一緒に来るか?」


沢辺恵美とは初対面の尾上刑事が慰めの言葉をかけた。

「大変でしたね」

「ええ。でも父がやったことも殺人と同じですし」

「しかし何の罪もないあなたまで殺されかけた」


「そのことなんですがね」と石坂刑事が割って入った。

「村田は首を絞めるのをやめてあなたの胸に顔を押し当ててきた。そういうことでしたね?」

「ええ」

「あなたに提供してもらったTシャツが湿っていたんで調べてみると村田の体液が検出されました。成分を調べてみると汗ではなく涙でした」

恵美も尾上刑事も石坂刑事を注視した。


「ここからは私の推測なんですが少しでもあなたの気が楽になればと思って話します。村田は娘のかたきを討つつもりであなた方一家を襲ったんでしょう」

恵美は頷いた。

「しかし、あなたの首を締め上げた時村田はあなたの頸動脈の脈動を両手に感じ取ったのではないでしょうか」

「 ? 」

「その脈動はあなたに移殖された村田の娘さんの心臓がつくりだすものです」

「あ!」と恵美は声を上げた。

「そうです。首から手を離した村田はあなたの左胸に耳を押し当てて我が娘の心臓の鼓動を聴いていたのでしょう」

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あなたの気が楽になればと思って話します 仲瀬 充 @imutake73

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