白紙

PROJECT:DATE 公式

盲目な私

バレンタインだった今日は

多くのお菓子が行き交うのを見た。

私も買ったものだが用意して

パートの人に配るなどした。

悠里は律儀なことに昨日せかせかと

お菓子作りをしているのを見かけた。

互いにお世話になっている人や

友達と交換できたのだろう、

手元にあるのは自分のものでなく、

他の人からもらったもので溢れていた。


夕暮れ時。

下校の音楽が学校全体に

大きな両手を伸ばしては

その全てを覆い隠す。

支配して、目を隠す。

皆、夜がやってくると

空と音楽から察して、

冬の早まった闇がやってくる前に

集団生活の場を後にするのだ。


「お疲れ様でした。」


「ありがとうございました。」


冬は嫌い。

だって寒いから。

寒いとまず手先が悴み、

足先が壊死するような錯覚に襲われる。

楽器を弾くどころか

ペンを持つにも

スマホをいじるにも

指が動かなくて困難になる。

何をするにも気が起きなくなる。

何より冬でもしっかりと

1桁まで冷え込んでくる

この時代に問題があるといえよう。


外で横たわれば

このまま死んでしまえるとすら

思ってしまう。

追憶の先、靴音がすぐそばで

いつだって鳴っていたあの頃がよぎる。


地面で丸まって

薄暗いところで過ごしていた。

手をさすり、身を寄せ合う。

その微かな体温が命を感じる唯一の欠片。


結華「…。」


楽器を片付けながら首を横に力なく振る。

周囲では今日も

部活動を終えた部員たちの声が聞こえた。

オーボエをしまい、

練習のために家へと持って帰ろうと

担いだ時だった。

ひょこひょこと

近づいてくる影があることに気づく。


悠里「結華、帰ろ!」


結華「うん。」


悠里は疲れている素振りを隠し

笑顔でそう言った。

今日も悠里から

一緒に帰るよう声をかけられる。

それでも断らない。

一緒に帰ること。


それはもちろん指示だから。


通学路を辿っていると、

悠里は最近あったことや、

それこそ部活でのことを話していた。

かつん、ローファーの裏が

冬らしい乾いた音をたてる。


悠里「やっとペット吹けるようになってきた…かも。」


結華「だいぶ綺麗に音が出るようになってたよね。」


悠里「…!ほ、本当に!?」


結華「うん。最初音が出なかった頃に比べれば大きすぎる進歩だと思う。」


悠里「あはは…確かに。でもね、先輩はもっと綺麗に、ぱーって音を出すんだよ。」


結華「2年の先輩に上手い人いたっけ。」


悠里「ちょ、ちょっと。みんな上手だよ!」


結華「2年生ってサボってる人の多い世代だからあんまりピンとこない。」


3年生は勤勉な人が多く、

2年生は気を抜いている人が

多いイメージがあった。

1年生はどちらの先輩に憧れるか、

仲良くしてきたかによって

2分割されている印象だ。

世代ごとの空気感、色というのは

どう足掻いてもあるものだ。

しかし、その色に流されず

練習に励んでいる人ももちろんいる。


悠里「ほら、引退しちゃったけど…相良先輩。ものすごく上手だったよ。」


結華「ああ…あの先輩ね。」


ある一時以来

確実に嫌われていただろう、

距離を置かれていることがわかっていた。

が、それを誰に共有するわけでもなく

静かに根に持っていた点は

評価できると言える。





°°°°°





相良「悠里ちゃんを…返して……っ。」


結華「…。」



---



結華「全部悠里のせいですから。」





°°°°°





秋を過ぎ、大会が終わって

先輩たちは引退した。

それ以降顔を合わせていないが、

他の部員には喜んだ顔をするにしろ

私の顔を見た瞬間

苦虫を噛み潰した顔をするのだろう。


仕方のないことなのだ。

全て全て私の意思で

発された言葉でない。


悠里「そう。あれくらい吹けるようになりたいな。」


結華「なれるよ。昔そうだったんだし。」


悠里「あーあ、惜しい才能を落としちゃったな。」


結華「…そうだね。」


ここで、吹奏楽以外の、

楽器以外のことをしても

いいんじゃないかと言いたかった。

あなたは感性の揺れ動く物事が好きだから

楽器じゃなくとも他の芸術に

身を投じても

いいんじゃないかと言いたかった。

舞台や映画…絵画、

その他クリエイティブな物事は

数多存在している。

それを教えることができたなら。


それを伝えることが双子である私ができる

最大限の道標だと思っている。

しかし、できない。

してはいけない。


彼女は悠里だ。


悠里「今日も帰ったら少しだけ練習しようかな。」


結華「そう言って夕飯食べたらすぐ寝ちゃうでしょ。」


悠里「き、今日はそんなことしないもん!」


結華「昨日も言ってたよ、それ。」


悠里「ぐぅ…。」


悠里は図星だったのだろう、

頬を膨らませた後

小鳥がパンを食べる程度の

小さな言い訳を落としていたが、

耳にすら入ってこなかった。


もうじき今年度が終わる。

私の頭はそればかりに支配されていた。


家につき、食事やお風呂を終え

自室に篭りタブレットを開く。

そういえば夏口だったろうか、

Twitterでタブレットの暗証番号を

聞かれたことを思い出す。

0000じゃないか等

適当に答えたのだが、

一体何のために必要だったのだろう。

本当のことなど

教えるわけがないだろう。

もしかすると、

どこかで私のタブレットの内容が

共有されているのかもと考える。


ネットで捜索されている暗証番号は

本当にこのタブレットの

暗証番号なのだろうか。

もしそうでなければ、

それはこのタブレットでは

ないことを指すことになる。

…とはいえ、どちらにせよ

私には関係ないことに変わりはなく、

私の指示にないことであれば

開示はしないことも変わりない。


タブレットを開き、

次の…今後の指示を確かめる。

もう何度もシュミレーションはした。

頭に叩き込んだ。

行動、会話、全て。

唯一の自由時間である自室での時間を除いて

私の行動は全て作られたものとなっている。

それももうすぐ

一区切りつくのかもしれない。

そうであってほしい。


結華「……。」


タブレットには

「1人でいるように」と

大きな文言があり、

その下に事細かに行動が書かれている。

その文面にも慣れた。

慣れた、そう思いたい。


1人でいるように。

たとえ指示になければ

悠里とも碌に話せない。

今年度の思い出話を、と

茉莉やその他の人とも話せない。

叶うのであればもっと自由に

仲良くなりたかった。

けれど。


結華「……ふ…何それ。」


自由ってなんだ。

指示なしにどうやって動くのだ。


私の脳は決められた通りにしか

関係性を築けなくなっている。

弱く弱く頭を横に振る。

これは今まで悠里のやってきたこと。

そう。

受け継いだだけだ。


もうすぐで終わる。

終われ、終われと願う。

無意識のうちにタブレットを握る手に

力が入っていた。

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