第35話 すねこすりとシルフィード


「えっ。どういこと?」


「黒短鞭を渡されたのを憶えているか?」


「黒短鞭?」


 すねこすりの群れの中から何とかすり抜けるとふわりと浮き上がる。すねこすり達は母親がいなくなったかのように悲しみの声を上げシルフィードが申し訳ない様に笑みを向ける。


「あれどこにあるかわかるか?」


「えっ? 崇徳童子に渡されてその後は……落としちゃったのかな?」


「本当にそう思うのか?」


 サネルがシルフィードの腰の当たりを見る。その視線に釣られてその視線の先を見ると違和感を覚える。


「何もない……えっ。これって」


 腰のあたりにうすぼんやりと光る黒短鞭が括りつけられている。自分の理解できない事態に思わず腰に括りつけられている黒短鞭をはたき落とそうとするが手はすり抜けるだけで空を切ってしまう。


「何これ!? どういうこと!?」


 シルフィードが視線が崇徳童子に向けられる。その目には困惑の色と共に怒りの色も含まれている。


「崇徳童子!? 私に何をしたの!」


「何をだと? 何だ気付いていなかったのか? お前はその遺物に気に入られたのだ」


「気に入られた? どういうこと? 分かるように説明してくれる?」


 崇徳童子が小さくため息を付くとぽつりぽつりとシルフィードが置かれている状況を語り始めた。


「あの下種野郎はすねこすりを自分の都合で利用しやがった。俺が奴の呪縛から解放したが問題が一つ起きた。すねこすりの妖力が確保できなくなってしまったのだ。俺から妖力を送ってみたものの受け取る気配がない。どうやらあの遺物――黒短鞭を媒介にして妖力を送っていたようなのだ」


 すねこすりと黒短鞭の関係は分かった。しかし、シルフィードは妖力を使うことはできない。自分がどうのように関係しているのか知るため質問を投げかけた。


「ふぅーん。でも、私は風の妖精シルフィードどんなに可愛く、何でもできるからって妖怪ではないわ」


「察しが悪いな。この黒短鞭は俺の妖力を受け付けない。どうやらこの世界の人間の魔力を媒介にして妖力に変換するらしいのだ。そこでお前の登場だ」


「えっ」


「お前は軽薄でお調子者。しかし、身体の中に秘めているエネルギー、――この世界でいう魔力の量はなかなか見どころがある。俺は遺物の構造を一部改変して持ち主をあの下種男から羽虫に変えたのだ」


「それって私の魔力があの子たちの餌になっているということ?」


「その通り!」


 シルフィードが自分の身体を見回す。崇徳童子が繭にこもって以降、確かに身体が疲れやすくなっている気がしていたのだ。


「えっ? 私、餌になっちゃったの?」


「そうだ」


「この子たちの?」


「そうだ」


「いつまで?」


「お前が死ぬまでだ」


 シルフィードの時間が止まる。自分は何物にも束縛されない風の精霊。それがこのわらわらと群がる獣たちの餌。いや、エネルギー補給装置なのだ。しかも、それが自分が死ぬまで永遠に続く。自分の目の前のすねこすりと死ぬまで時を過ごす姿を想像して目の前が真っ白になった。


「そ、そんな。私、そんな話一言も聞いていない……」


「納得がいかないなら解除する方法もあるぞ」


 シルフィードは俯きかけていた顔を大きく上げて崇徳童子に顔を向ける。


「簡単な話だ。その腰に付けている異物を破壊すればいいのだ。お前の魔法とやらを使い、全出力をぶつければ破壊することはできるだろう」


「本当に!? よぉぉぉし!」


 両腕に魔力を集めようとその手を輝かせると崇徳童子が注意を促して来る。


「気を付けろ。お前は一度遺物とリンクしてしまった。遺物はお前を持ち主と認めお前の魔力経路と複雑に絡み合っている。もし、強引にその遺物を壊せばその時は……」


「……その時は?」


「分からん。魔力の暴走による発狂。あるいは身体が付加に耐え切れずに死ぬということもありえるな」


「そ、そんなぁぁぁぁぁ」


 光り輝いていたシルフィードの両手が急速にその光を失ってゆく。


「すねこすりはいい奴らだ。この先も頼むぞ!」


 崇徳童子の晴れ晴れとした姿を見て両肩を落とすシルフィード。こうして、一匹の妖精と数十のすねこすりの共存関係がはじまるのであった。

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