第34話 羽音を潜ませながら

 天幕の中から僅かに感じる気配にゆっくりと視線を合わせる。しかし、こちらに危害を与えてくるような素振りは見られない。崇徳童子が何かしらしていればここにサネルが佇んでいるのは不可能なのだ。


「ふふっ。止めろよ」


「!?」


 やはり何かおかしい。この笑い声はサネルに向けられたものではない。支配された恐怖の感情がすっと落ち着き。今まで感じることのなかった好奇心が沸き上がってくる。


(やめろよ。だと? 一体何に対して……?)


 地を這う音と共に何かがこ擦れるような音が響き渡る。


「ふふっ。可愛い奴らめ」


「――!?」


 気配を殺して自分を置物にしていたサネルに衝撃が走る。あの場所であの声色、間違いなく崇徳童子であるのは間違いない。しかし、繭の中から聞こえてくるのは子供が獣と戯れる声である。


「ミゲェェェェル!」

「ミゲ! ミゲ!」

「ミゲル!」


 中から聞こえてくるすねこすりの声はどの声も崇徳童子を慕っているように聞こえる。暗闇の中からサネルを襲った薄気味悪い魔物ととてもではないが同じ獣であるようには聞こえない。


「なんだ、これが本当の姿だったということか――しまっ!」


 心の声が思わず漏れてしまったサネルが振り向くとその先には目を見開いた崇徳童子がこちらを凝視していた。


「何故ここにいる?」


「それ――」


 咄嗟に言い訳をしようとするが崇徳童子がそれを許しはしない。サネルは一瞬の内に天幕に引きずり込まれ一昼夜の間奇声を上げることになるのだった。


 ※※※


 羽音を潜ませながら森の中より現れたのはシルフィードである。


「咄嗟に逃げてしまったけどサネルは平気かしら?」


 自分が見捨てたサネルが気になるようだが崇徳童子の言いつけが忘れられずそれ以上近づけないようだ。


「やっぱり気になって戻ってきた。それに……」


 サネルの事が気になったのは間違いない。しかし、シルフィードの心の中では何故かこの天幕の前へ必ず戻らなくてはならない気持ちに支配されていたのだ。


 その時――


 豪快な音を立て繭の天幕から崇徳童子が現れる。周辺には数十を超えるすねこすりがいる。以前のような禍々しい黒々とした姿ではなく白やクリーム色をといった明るい色をしている。


「ミゲ、ミゲ」

「ミゲ―ル!」


 まるで遠足に行く子供のように明るい声を出すすねこすり。その内の一匹がシルフィードに気付くともぞもぞと近づいて来る。


「あんた達随分と姿が変わったわね? で、何? 可愛い私が気になっちゃう?」


 腕を組みながら胸を付きだすシルフィード。鼻息を荒くしながら逃げていた自分がいなかったかのようにふるまう。


「ミ、ミゲ―!」


 声を上げてすねこすりがシルフィードへと飛びつく。


「ちょ、ちょっと何よ! ふふっ! くすぐったい」


 全身を擦り付け、ぺろぺろと短い舌でシルフィードの顔を舐めまわす。


「ミ、ミゲ?」

「ミゲ―ル! ミゲ―ル!」


 他のすねこすり、二人のやり取りに気付いたようだ。一斉にシルフィードに向かい飛び跳ねると一気に上空へと飛び跳ねた。


「あ、嘘!」


 瞬く間にすねこすりによってシルフィードが埋め尽くされる。皆、一様に身体を擦りつけ短い舌を使ってシルフィードに愛情表現をしているようだ。


「ハッハッハッ! どこに行ってたんだ羽虫? すねこすりはずっとお前の事を探していたんだぞ」


「えっ。この毛むくじゃら私の事をそんなに……いくら私が可愛いからって」


 すねこすりの小さい体にもみくちゃにされながらシルフィードがその中から顔を上げる。その表情には母性が芽生え、すねこすりたちを我が子のように慈しんでいる。


 シルフィードが小さい手ですねこすり達の頭を撫でていると崇徳童子の背後に佇むサネルを見つけ出す。


「あっ! サネル!」


 思わず笑みを浮かべる。サネルが命を奪われていなかった事実に安心したようだ。


「シルフィード来たか……良かったな命が助かって」


「えっ? 命?」


 シルフィードがあっけにとられた表情を浮かべているとサネルは予想もつかない事実をシルフィードに伝えるのであった。






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