第33話 森の暴走機関車

 土煙の正体は森の暴れん坊フォレストボアである。町の柵を壊し畑を食い荒らす害獣としてよく知られている。町の住民が集団で取り囲み退治するか、冒険者組合に依頼を出して冒険者に駆除してもらうのが一般的である。


 しかし、この場には元野盗のサネルと風の精霊のシルフィードのみ。フォレストボアが果たして何を目指しているかは不明だが、崇徳童子が絶対に近づいてはいけないと言われている繭へ森の暴れん坊が迫っているのは間違いない。


「ど、どうするシルフィード!? このままだと崇徳童子さんの繭に突っ込んでしまうぞ!」


「普通にヤバイじゃん。絶対に崇徳童子怒るって! つ、次は何されるか分かったもんじゃないよ。……でも、大丈夫。私がいるんだから!」


 サネルが覚悟を決めたシルフィードに目を向けるとシルフィードの周囲の空気が手元に圧縮されていく。


「ウインドカッター!」


 力強い言葉と同時に発せられた真空波がフォレストボアに発射される。目にも止まらぬ早さの風の刃をフォレストボアは避けることなく真正面から受け止める。


「やったか!?」


 土煙で上手く見えないが確実に直撃したはずである。まともにくらえば致命傷になってもおかしくない威力だ。


だが、


「ブッヒィィィィ!」


 サネルの予想は外れフォレストボア以前こちらに迫って来ている。


「おぉぉぉい! 全然止まらないじゃないか! いや、怒りのボルテージが上がったせいでむしろ勢いが強くなってないか!?」


 目を吊り上げてシルフィードに抗議しようとするが既にその姿は見当たらない。フォレストボアに目をとられていた一瞬でどこかに姿を消したようだ。


「あ、あの妖精。逃げやがったな! どうする逃げるか? ……いや、砦に向かった仲間達を見捨てるわけにはいかない」


 サネルは意を決すると目の前の土煙に向かって真っ直ぐに走り出す。もちろん目標は敵意を露わにするフォレストボアである。


「うぉぉぉぉぉ!」


 油ののった若者の全速力である。フォレストボアとの距離はみるみる縮まる。


「ゴクッ!」


緊張が昂ぶるサネルの視界にはっきりとフォレストボアの表情が見えてくる。眼は吊り上がり、鼻息が見えそうなほど激しく息を吹き出している。


「ーーッ!」


 腰から抜かれたのは一本のナイフである。クルクルと回転しながらフォレストボアの片目に直撃する。


「ブゥヒィィーー!」


 けたたましい鳴き声が響き渡る。ナイフが刺さった右目からは夥しい量の血液が宙に舞っている。そこらの盗賊であれは間違いな戦意を失ってもおかしくない状態だ。


 しかし、荒れ狂うフォレストボアは止まらない。サネルに敵意を向けることなく異常なまでの執着で繭の天幕へと突き進む。


「ここで俺は死ぬわけにはいかないんだぁぁ!」


 腰につけられたナイフをさらに投擲する。腰、頭、脚とナイフがフォレストボアの体を傷つけるがその程度で足をとめることはない。


 天幕とフォレストボアの距離がみるみるうちに近づくあと数秒もすれば鼻先が天幕を突き上げるだろう。


「こなくそ!」


 最後の一本を構え、こちらに突撃してくるフォレストボアの首筋にナイフを深々と突き刺す。


「止まれぇぇぇぇぇ!」


さらには両足を地面に突き立て足で全力で踏ん張る。足に痛みが走り、血で滑る手がいつナイフから離れるのではないかと気がきでなかった。しかし、ここが踏ん張りどころてある。なんとか自分の全力を込め続ける。


「ブ、ブヒッ!」


 何者にも止められないはずの暴走機関車が血反吐を吐く。無数の重りをつけられたように脚は鈍くなりやがてゆっくりとその巨体を地面に横たえた。


(一体何だったんだこいつは? 攻撃した俺には目もくれずに繭に向かって突進し続けたように見えたが……)


 目の前の危機を取り敢えず脱出したサネル。しかし、体を起き上がらせると自分がまだ安全圏に入っていない事実に気付く。


「ひっ」


 思わず小さい悲鳴を上げるサネル。咄嗟に両手で口を抑え声が漏れないようにする。気持ちを落ち着かせゆっくりと顔を上げたその先には崇徳童子がいる繭がすぐ目の前に迫っていた。


(フォレストボアに必死で気づかなかった……)


 一刻も早くその場を去ろうとその場から去ろうとすると背後から声が聞こえてくる。


「ふふふっ」


 紛れもなく崇徳童子の笑い声だ。お気に入りのおもちゃを見つけた時のような上機嫌なわらいである。しかし、サネルは知っている。この笑い声を上げた次の瞬間に自分の命が危機に晒されることを……。

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