第31話 報い

 魔物の動きは昼は鈍く、夜は活発になる。理屈は分からないが、生活は次第に夜の活動がメインとなった。ブランズは腹一杯食べ、上等なジャケットを着込み、暴力を手に入れた。根っからの小心者であったが、短鞭に従う魔物の力に憑りつかれ、盗み、強盗、そして……殺人に手を染めた。


 そんな、ブランズにとってサネルが捕まったという話は吉報と呼んでも過言ではなかった。いつものように短鞭を振るうと黒い魔物をサネルの偵察へ向かわせる。


 時は深夜。サネルは一人でいるらしい。


 夜の暗闇のなか未知の魔物でサネルの恐怖を煽る。傷もできる限り小さくする。逃げだせるという思いが絶望に変わった時に人は考えるのを止め従順になる。


 徹底的に追い詰めサネルを押し倒す。引き締まった筋肉に魔物の歯が食い込もうとした瞬間、魔物群れに一筋の光が走る。光は瞬く間にその数を増やし、一呼吸終える頃に光は纏まって光の奔流となっていた。


 しばらくの沈黙。遠くの茂みで覗き見るブランズには知る由もないが、ほぼすべての黒い魔物――すねこすりは動きを止めていた。


「何が起きている?」


 万が一に備え、数匹のすねこすりがブランズの近くに待機している。しかし、不安から出たブランズの問いに対し答えるすねこすりはいない。


「久し――。――だ。わかるか? ――――をした。此奴は――――だ、死――――――かないのだ」


 誰かが何かを話す声が聞こえる。聞き耳を立ててみるが何を言っているかまでは聞き取れない。一つだけ分かったことはサネルの襲撃が失敗に終わったということだけである。


「ミィゲェェェ!!」


 ブランズの周囲に奇声が響き渡る。ブランズを守ろうとするすねこすりが、未知なる敵に対する威嚇しているのだ。


「いや、まだ終わってない。これから――」


 独り言ちようとしたところでブランズの全身を何かが駆け抜ける。瞬く間に鼓動が早くなり、呼吸が浅くなってゆく。


「な、なんだこれは? いや、これは――」


 そう、今まで何回も経験してきた恐怖である。何とか身体を動かしてその場から立ち去ろうとするがその意志を全身から湧き出る恐怖が阻止ししてくる。


心身の正常を保てなくなり、身体のバランスを崩すと茂みに膝を付く。


「お前か」


 気付いた時にはブランズの目の前に崇徳童子が立っていた。均整のとれた美しい顔だが感情が抜け落ちている。ガラス細工の彫り物のような無機質な瞳がブランズを捉える。


 短鞭を動かし、すねこすりを襲わせようとすると右手に何かが起きる。


「あっ! 熱っ!」


 あまりの速さに何が起きたか分からなかったようだ。思わず「熱い」と叫んでしまう。ブランズが右手を恐る恐る見ると短鞭と共に自分の人差し指、中指、親指の三本が地面に落ちていた。


「ミゲェ?」


 短鞭に支配されていたすねこすり達が一斉に警戒を解く。短鞭の効力は即効性があるようだ。


「お、お前? い、いや、すまなかった。お前を襲うつもりはなかったんだ。サネルの野郎には因縁があってそれでつい――」


 腕の痛みに耐えながら必死に頭を回転させる。既にすねこすりの力に頼れなくなった。どうにかしてこの場を去らなくてはならない。


(あくまでこの襲撃はサネルと俺の問題。このガキは関係ない、邪魔をした詫びをし、逃れなくては)


「ほぉ。お前とサネルだけの関係と言いたいのか?」


「い、いや。すまなかった。邪魔をした詫びはさせて貰う。金か? 物か? 女か? 俺ができることは何でもさせてもらう」


「ふざけるな!!」


 辺り一面に声が響く。人が発する声を遥かに超える声量にブランズは思わず口を閉じてしまう。


 崇徳童子が地面に膝を付けると驚き戸惑うすねこすりの一匹を腕に抱く。


「お前が使役してきたこの魔物はすねこすりというのだ。元々はこのように黒ぐろしてなどはいなかったはずだ」


 腕に集中すると腕に抱かれたすねこすりの体が眩い光の中に消える。部分的な光であるものの何かがはっきり起きていると感じさせる光である。


 やがてその光が落ち着くと、僅かに光るその腕の中には、安らかに眠るすねこすりがいた。膨大な毛量は柔らかな白を基調とした色になり、斑な茶が混ざっている。歯だけが強調されるような黒一色の姿ではない。すべての者が優しげな視線を送ってしまう。そんな愛くるしさを兼ね備えている。


「すねこすりはもともと群れるような妖怪ではない。お前のどす黒い心に触れ続けたせいでこのような姿になったのだ」


「いや、これは、その」


 尻をつき片手を振りながら否定するブランズ。しかし、これ以上の言い訳は思いつかないようだ。あわあわと手を振るばかりである。


「万死に値する。すねこすりを苦しみ続けたことを後悔しながらこの世から去るがよい」


 崇徳童子が腕を下ろすと一筋の光が真っ直ぐにブランズに直撃する。


「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 深夜の街道沿いに一つの叫び声が響く。しかし、その声の主の遺体は夜の帳が明けた翌朝にも見つけることはできなかった。

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