第30話 テンプレクズ男

 なめし革のジャケットに朱色に染め上がったズボンを穿いた趣味の悪い男――ブランズは夜の街道をご機嫌に歩いていた。


「サネルの野郎、しくじったらしいな」


 ブランズはサネルが嫌いであった。自分と同じ盗賊でありながら容姿に恵まれ仲間にも慕われている。もちろん、女受けもよい。サネルの仲間の一人がサネルを恋心を抱いてるのを知って苦虫を嚙み潰したよう表情を浮かべたこともあった。


「俺は娼館の女しかしらねぇ。同じ盗賊のくせにあいつは生意気だ」


 そんなサネルが子供を襲い返り討ちに合ったことを知った。仲間と引き離され返り討ちに合った子供に連れまわされているらしい。


「どんな手品を使ったか知らねえが子供は子供。殺して、サネルを攫えばあいつらを言いなりにすることができるかもしれないな」


 ブランズはサネルに恋心を寄せる少女を思い出し下卑た笑みを浮かべた。


「ついに俺の時代がきたか」


 手に持つ短鞭を振るい何かを叫ぶと、夜の帳が降りる街道へと歩き始めた。


 ※※※


 時は遡る


 昔から【一生懸命】という言葉が嫌いだった。恵まれた体を使って力仕事をするわけでもなく、かといって何かを学んで仕事に結びつけるわけでもない。怠惰な生活を送ったブランズはすぐに金がなくなった。


小金をせびる生活。金が無くなればまた別の者から金を借りる。段々と家族と仲間と溝ができるようになり一年もしない内にブランズは孤立するようになった。


 仕方なしに恵体を活かした荒事をしてみる。しかし、頭が働くわけではない。自分一人では何もできないのだ。闇市で紹介された男に従って山賊まがいの仕事をするがあまりのきつさに三日も立たずに逃げ出した。


 一ヶ月もすると、みるみるうちに見すぼらしい姿に変わってゆく。空腹に耐えきれなくなり道端の大きな石に腰を掛ける。


「食い物……食い物」


 働かない頭を抱え空腹に耐えているといつの間にか目の前に男が立っていた。


「……お前、誰だ?」


 貫頭衣のような一枚布の服を着る男。長い髪を後ろに束ね、穏やかな笑みを浮かべている。異国情緒に溢れ、おそらく位の高い人間であると予想できる。


 どこぞの貴族がみすぼらしい自分を馬鹿にでもするのではないかと身構えていると男はどこからとなく短鞭を手に取りブランズに差し出してきた。


「何だこれは?」


「鞭ですよ。人を痛め付けるにはいささか短いですが、これは人を叩くものではありません」


「鞭? お前は何を言ってるんだ?」


 腹の足しにならない物など心底どうでも良かったが、作り込まれた彫物と飾りの碧い石が金になると踏んだブランズはとりあえず男が差し出す短鞭を受け取った。


 黒を基調とした短い鞭。大層丈夫に作られているが金属なのか木材なのか判断できない。


「これ、本当に――」


 ブランズが言葉を続けようとするが既に異国の男はその場から姿を消していた。その場から立ち上がり周囲を確認する。しかし、はるか先まで見通せるはずの道の先には誰一人としていなかった。


「まぁいい。これを売れば飯くらいは食べられだろ!」


 思わぬ拾い物をしたをしたブランズが手に入れた短鞭を振るう。


 すると何かが駆け寄る気配がする。


「な、何だ?」


 拭いきれない違和感を無視してブランズはもう一度短鞭を振るう。短鞭が空気を切ると、やはり、何かが何かがこちらに駆けよってくる。


 辺りは薄っすらと暗くなり始めている。ゆっくりと闇の帳が降りてくると、ブランズの周囲にはこの世のものならざる獣が集まっていたのだった。


「ひぃぃぃっ! ま、魔物が!」


 自分が振り回していた短鞭に集まってきたのであろう。陽が大地に沈み辺りが完全に闇に覆われるとブランズの目の前には数十を超える毛むくじゃらの魔物が集まっていた。


「よ、寄るな」


 ブランズが短鞭を振り回すと集まった毛むくじゃらが僅かに後方に下がる。


「さっきの貴族、どこかで俺を見ているな。くそ、なんてものをもらっちまったんだ」


 どうやってこの場を逃げようかと考え始めた時にある一つの事実に気付く。


 毛むくじゃら達はブランズを襲おうとしないのだ。


「どういうことだ? ……下がれ!」


 右手を上げると勢いよく振り下ろす。ブランズの言葉に従い黒い毛むくじゃら達が一斉に下がる。


「おぉぉ! と、飛べ!」


 短い足をめいいっぱい伸ばし今度はブランズの目線まで毛むくじゃらが飛び上がる。


「な、なんだこれ! こんなことがありえるのか!?」


 毛むくじゃらに対して次から次へと命令を飛ばしてみる。どうやら許容範囲内でできるすべての動きに対して忠実に従うようである。


 ブランズは指揮者の指揮棒の如く短鞭を振り回すと空腹を忘れて一心不乱に命令を出し続けた。

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