第27話 毛むくじゃらの行方

 二人を取り囲んだ男達は笑みを浮かべていた。男達の本業は物取りなのだろうが、今回の獲物は見目麗しい男児と希少性の高い妖精である。人攫いは本業ではないが、アンダーグラウンドな世界に伝手があれば、美味しい案件であると認識するのは当たり前だろう。


「ガキがなんでこんなところにいるんだ? パパとママは一緒にいないのか?」


 マスクで口元を隠した男が質問を投げかけてくる。崇徳童子は薄っすらえみ浮かべると声をかけてきた男に向き合う。


「お前達と戯れる気はない。一つ聞く。お前達、人を殺したことはあるか?」


「おいガキ! お前、この状況を分かっているのか? パパとママもお付の者もいない。世間知らずも程々にしとけよ!」


 男が懐からナイフをとりだすと崇徳童子に切っ先を突きつける。しかし、崇徳童子は動じることなく蔑む視線を男達に送りつけた。



「慣れているのなら何も言わずに攫っていくだろう。嗜虐的な者なら既に腕や足なりに傷をつけ屈伏させている。つまりお前たちは数で圧倒し脅すだけの小物と言うわけだだ」


「言わせておけば! 一発キツイのを――」


「意味が分かって無いようだな。「俺は三下で良かったな!」 って言ってるんだぜ」


「ガキがっ!」


 年端も行かない子供にここまで言われてはさすがの三下も黙っているわけにはいかない。ナイフに力を込めて崇徳童子の顔に切っ先をねじ込もうとする。


「なっ!?」


 絹のように滑らかな素肌にナイフが到達することはない。盗賊の動きが止まったのだ。


「か、体が――」


 手足の動きどころか口まで回らなくなったようだ。紅潮させていた表情がみるみる内に恐怖に染め直されてゆく。


 唯一動く視線だけで周囲を見渡す。自分に続いて崇徳童子に襲い掛かるはずの仲間たちが、やはり自分同様に動きを止め恐怖で表情を染め上げているのだ。


 崇徳童子がナイフを持つ男へと近づく。指をナイフの切っ先にから手を這わせ体を登ってゆく。やがて、たどり着いたのは盗賊の目玉である。


「さて、始めるか」


 盗賊の恐怖が絶頂に達した時、その視界が白一色に包まれるのだった。


 ※※※


「うぅぅぅ」


 路地裏の角に集められた盗賊達が芋虫のようにウネウネと横たわり呻き声を上げていた。


「で、お前たちに指示を出している者達は本当にいないんだな?」


「あぁ。組織がでかくなると国に目を付けられるからな。このメンバーを仕切っているのは俺だ……」


 地面に横たわりながらこちらに視線だけを送るのは先ほどまでナイフで崇徳童子を脅していた者である。先ほどの視線とは打って変わって敵意はまるで感じない。仔犬のように怯えた瞳をしている。


「この近辺で奇妙な噂が広がっているのを知っているか? 毛むくじゃらな妖――魔物がでるというような噂だ」


「毛むくじゃらな魔物? そういえばブランズの奴が魔物を使って商売をしているようなことを言っていた。モンスターテイマーでもない奴が魔物を操るわけがないからな。法螺話じゃないかと仲間と笑ってたのを憶えている」


「そいつはどこにいる?」


「ラルヘから少し先の街道の沿いの山の中に住んでいる」


「他に何か知っていることがあれば話せ」


「ブランズは組まない。情報が入ってこないんだ。なぁこれで満足だろ? 俺の知っている情報は全て話した。頼む! 仲間たちだけは助けてくれないか?」


「んっ? 仲間を助けるならお前はどうなってもいいのか?」


「もちろんだ。何事にもケジメが必要だ。俺達は小さい頃からずっと一緒いる。家族みたいなもんだ。俺の命だけで仲間が助かるなら安いもんだ」


 聞けば元々小さな集落で暮らしていたもの達らしい。度重なる野盗の襲撃で集落は壊滅。身寄りのない子供達が集まり通行人から金品を巻き上げていたそうだ。


「お前、名前は?」


「サネルだ」


「よし、命は助けてやる。ブランズとやらがいる場所までお前が案内しろ。他の奴はデルメルデス砦に向かえ、全員奴隷にする」


「……命は保証してくれるんだな? 俺は人質ということか。仲間と話をさせてくれないか?」


「良いだろう」


 サネルが仲間達の所まで向かう。サネルが人質になり、全員が奴隷堕ちになる旨を聞かせる。みな眉間に皺を寄せたり、歯を食いしばったりと各々苦渋の表情を浮かべる。


 そんな様子を眺めていたシルフィードが口元を膨らましながら崇徳童子の耳元へと飛んでゆく。


「ちょっと。奴隷堕ちは流石に酷いんじゃないの? さっきも妖術で目を狙ったみたいだし。裏切ったら視力を奪うとか呪いでもかけたんじゃないの?」


「文句があるのか羽虫? 俺に歯向かうから焼き殺すぞ」


「ひっ!」


「呪いなどかけておらん。奴等は砦で俺が労働力として使わせてもらう。そうだな、週休三日。二食付きといったところか」


「えっ! それって!」


「奴隷だ」


 シルフィードは口元をニヤつかせると崇徳童子を肘で突く。


「フフッ。怖い顔しても実は優しいんだから。ちょっと見直しちゃった。っということは私もこの後は――」


「奴隷だ。休みはない、三百六十五日俺が呼んだらいつでも来い。来なければ……」


 右手にバチバチと雷を纏わせるとシルフィードは力なく肩を下げた。

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