第25話 宴
夜が更ける。砦前の焚火では崇徳童子を除いた全ての者が金属製のタンブラーに葡萄酒をついでいた。
「上手い! 肉が上手い!」
「これ、本当にいつも飲んでいる葡萄酒か? 今日は酔いが回る!」
「フハッ! フハハハハハ!」
ダンジョンから脱出できた解放感からか、あるいは生きて砦に戻れたことを喜んでいるかは定かではないが、一平、丈二、コランダの三人は上機嫌である。
そんな三人を崇徳童子が口元を緩めながら見ていると自分の膝を押し当てる三太が崇徳童子を覗き込んでくる。
「お酒飲めないんですか?」
三太が崇徳童子に顔を近づける。ビャオエイジャの森の一件以来、三太は妙に距離が近い。予想外の距離に現れた異性によって崇徳童子は慌てふためき、とっさに距離をとる。
「か、身体が酒を受け付けない。この姿の間はお茶で良い」
「そういうものですか? 大きくなったら一緒にお酒を飲みましょうね」
三太が優しく微笑むと崇徳童子は気恥ずかしそうに視線を逸らした。
用意された食事がなくなり樽の葡萄酒が飲み干されるとおもむろにアオガラが皆に呼び掛ける。
「崇徳童子殿そろそろお願いして宜しいですか?」
アオガラの声をきっかけに崇徳童子が頷くと席を立つ。
「仲間が欠けずにここに集まれたのを嬉しく思う。アオガラから既に聞いていると思うが既にお前たちは俺の眷属だ。これからは一蓮托生……と言いたいところだがお前たちに選択肢を与える。
俺に危害を与えようとした禊は済んだ。眷属となったとはいえ、今であれば数ヶ月も離れれば俺の支配下からも逃れられるだろう。そのうえで俺がこれから何をしようか話す。それでも一緒にいてくれるなら俺はお前たちをこれからも仲間と思うことにする。
アオガラから聞いているとは思うが俺の前世はこの世界とは異なる日出国という国だ。しかし、夢破れ、未練を残しながらこの世界にたどり着いた。生まれ変わりなど信じていたわけでは無いが、僅かな願いがこの世界へ導かれたと信じている。紆余曲折はあったが生まれ変わったからには俺は前世で叶えられなかった夢を叶えようと思う!」
冷静沈着、冷酷無比。生まれ変わった崇徳童子を評する者はそのように言うだろう。もしかしすればこの焚火を囲む者達の中にも同様の意見を持つ者もいるかもしれない。しかし、言葉を紡ぐ崇徳童子の表情はどこか緊張しているように見える。これから言う言葉を受け入れてもらえるか不安なのだろう。
ここにいる全ての者がそれぞれの想いを抱き沈黙する中で、焚火の炎だけがパチパチと弾けていた。
「この世界は俺たちが住んでいた日出国とのチャンネルを持つ。前世で救えなかった妖怪たちを救い、理不尽な迫害を受けずに妖怪が暮らせる国を作る。妖怪の楽園を作りたいんだ!」
なおも焚火の音だけが辺りに響く。誰もが口を開こうとはしない。考えはそれぞれ違うのだろうし、もしかすると崇徳童子の言葉に疑問を持っている者もいるのかもしれない。
「はい!」
膝を抱えていた三太が右手を一直線に上げ、視線だけを崇徳童子に向ける。
「私は崇徳童子さんの夢、応援します。できることは少ないけれどお手伝いします」
三太の真っすぐな瞳を見て崇徳童子が少し恥ずかしそうに頷く。
「はい、は~い! お給料とお休みはあるのでしょうか?」
茶色いイガグリが右手を上げる。まるで学園の生徒が教師を試すような素振りである。
「俺は妖怪が住みやすい理想の場所を作りたい。だが、人にも妖怪にも休みと金は必要だ。その二つは確実に渡すと約束しよう!」
一平が口角を上げると喜びの口笛を鳴らす。その二人の反応を見て赤髪の丈二が控えめに手を上げる。
「俺もついて行きます」
特に主張はないようだ。ただし、表情に強い決意が見える。その表情を見て満足そうに再び頷く崇徳童子。立て続けにに三人が協力を同意したことにより皆の視線は自然とコランダに向けられる。
「お、俺は……」
(順風満帆の人生を送っていたはずだった。しかし、いつの間にかはぐれ者をまとめグレーな依頼を受けるようになってしまった。しまいには忌物に手を出し人生最大の危機を迎えたかに見えたが……)
「俺も参加させて頂きます。崇徳童子さんには俺も仲間もお世話になりました。それに道を踏み外しかけた人生が今は正しい道を歩き始めたとように感じます」
コランダの言葉を受けて、三太、一平、丈二が互いが互いを見つめ大きく頷き合う。
「ガッハッハッハ! 崇徳童子はこの世界でも人徳がございますな」
アオガラが愉快そうに囃し立てると満足そうに崇徳童子が微笑んだ。
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