第24話 シルフィード

「浸魂虫が取り憑いた子供はやがて周りを巻き込み化物となり、そして、死んでゆく。人は浸魂虫など知る由もない。親は唐突に現れた妖怪などという怪しいものいうことを聞き子供を差し出す訳がない」


「人も妖怪も巻き込み短期間で決着をつける。その全ての責任を背負い、六つ首は死んでいったの」


 しばらくの沈黙の後にアオガラが口を開く。


「六首に祈りを」


 両手を合わせ石臼に祈りを捧げると丈二とシルフィードも同じように手を合わせて祈りを捧げる。すると、祈りが通じたのかふんだんに湧き出ていた水が止まり、石臼がその動きを止める。


「な、なに!?」


「六首の思いが解き放たれダンジョンが本来の姿に戻ろうとしている? 空間に変化があるやもしれん。丈二、一度ダンジョンを出るぞ」


 アオガラと丈二が進路を地上に決めると水をふんだんに湧き出していた石臼がコトコトと音を立て二つの美しい勾玉へと姿を変える。


「これは?」


「魔力と妖力を備えた勾玉だ。役目を終え、姿を変えたのだろう。宝だ持って帰るぞ!」


 いつもの大笑いをしながらアオガラが背を向けるとその後を丈二が後を続く。


「ちょっと! この面の取り方を教えてくれるんでしょ? ていうかダンジョンに変化って私はどうなるのよぉぉ」


 悲痛な叫びに答える者は誰もいない、辺りには足早に砂利を踏む音だけが響くのであった。


 ※


 私の名前はシルフィード。妖精国オベロン直属の調査官で誰もが羨む美貌の持ち主。でも、今は何故かダンジョンの主をやっている。いや、やっていた。


 ダンジョンの主と言えば膨大な魔力と物質を無条件で扱える存在。魔力を持つ者にとっては一種の憧れ。トリナルムなんてわけの分からないものに憑りつかれたとはいっても、ダンジョンの主になった時には私の時代きたぁぁぁなんて絶叫した。けど、実力のないダンジョンの主が冒険者に殺される、あるいは飼い殺しにされると、なんで想像できなかったのしら。


 脅されしこそしたけど、攻撃した私を殺さずにいてくれたおっさんといがぐり頭は悪い奴ではなさそう。キーストーンが役目を終え、ダンジョンが歪み始めた。私の主としての役割も終えたような気がする。


「ちょっと待ちなさい!」


 あいつら約束忘れてないかしら? さっきからいくら呼び掛けてもこちらに振り向こうともしない。ダンジョンを出たら私の風魔法をお見舞いしてやらなくちゃ! そして、私の美貌を取り戻して妖精国へと帰りたい。そして異世界の妖怪たる存在を発表して注目を浴びるの! オベロン様もきっと褒めて下さるわ。


 褒めて……ちょっと待って。このタイミングでダンジョンができて、そのすぐ後にあの四人がダンジョンに入ってきた。私が最深部まで潜れるのはもちろんオベロン様は知っていた……そして結果がこれ?


「嵌められた?」


 いや、まさか。私は恨みを買うようなことはなにもしていない。いや、もしかしてオベロン様お気に入りの宝剣を折ったのが私だとばれた? いやいや、遺物の仮面をペットのヘルハウンドに被せたのがばれたのかしら?


 ……えっ。私、帰るところなくない!? 


 そういえばさっきの話で伝えてないことがあった。六首の部下の報告で一度だけ聞いた名前。六首はあの名前に随分と悩んでいたわね。なんて名前だったかしら。あ、蘆、蘆屋? 聞き慣れない名前だから思い出せない。


「あっ! スピードを上げないで! 私が追いつけないじゃない! あーーん。羽の付け根が痛いぃぃ」


 あっ、痛みで思い出した。蘆屋道満だ。確かそんな名前だった。でも、その話をする前にとりあえずダンジョン脱出よ!


 ※


 デルメルデス砦


「でな、鬼次郎さんは言ったんだ。見えているものだけを信じるな! と、人間は自分の愚かさに気付き、そして、見えざる者達との共存を模索し始めた」


「崇徳童子さんはその言葉に心を打たれて鬼次郎さんをリスペクトするようになったと?」


「その言葉だけじゃないぞ。第三百十二話の――」


 崇徳童子の言葉を遮り砦内に轟音が響く。何事かと三太が砦の入口に走るとその先にはダンジョンへ出かけて行った四人と奇妙な面を着けた一匹の妖精がせわしなく部屋へとなだれ込んで来たのだ。


「ガッハッハッハ! ただいま戻りましたぞ崇徳童子殿!」


 両手いっぱいの食料を地面へと置くと。背中に背負った荷物をドスドスと降ろす三人。ダンジョンに潜ると言い残して砦を出た三人が戻ってくるまでに実に一ヶ月の月日が流れていた。


「遅かったではないか。待ちくたびれぞ」


 子供姿の崇徳童子。しかし、溢れ出る妖力を見てアオガラは心の内で安心する。


「ハッハッハ! 一平の容態が思った以上に悪く、しばらく街医者に預けておりました」


「ハッハッハじゃないですよ。ミヅチに憑依された後遺症よりアオガラさんにビンタされた怪我のほうが治るのに時間がかかったんですからね!」


「そうだったのか? ハッハッハ、しかし、仕方がないではないか。あれ意外にお主をまともに戻す方法はなかったのだからな」


 一平は治った頬を撫であの痛みを思い出しているようだ。そんな二人のやり取りを見て崇徳童子が呆れた表情を浮かべながら腰をあげる。


「なんだ魔術師や妖術師と言えば精神感応系の耐性はあって当然のものだぞ。物理は弱い、精神攻撃にも弱いでは一体何と戦えるというのだ? よし、俺が稽古をつけてやろう」


「えっ! 稽古!? 勘弁してください。貧弱な俺たちがここまであの荷物を持ってくるのがどれほどきつかったか。どうか、しばらく休ませてください」


 砦に戻った男たちは一平同様に同じ表情を浮かべる。稽古と聞き、崇徳童子の繭を襲ったトラウマが蘇ったようだ。そんな仲間たちを見て崇徳童子の横に座っていた三太が助け舟を出す。


「崇徳童子さん。丈二もコランダさんも一平も崇徳童子さんを思ってのダンジョン探索だったんですよ。今日はゆっくり休みましょう。私が腕によりをかけて料理を作りますよ!」


 そんなやり取りを見ながら荷物を片付けていたアオガラが三太に続く。


「三太の言う通りです。今回の探索は三人ともよく頑張ってくれました。今後の話もしなくてはなりませんし、今日は休息にしませんか?」


 二人に言われてはしょうがないと崇徳童子は眉根を寄せてしぶしぶ首を縦に振る。


「それもそうだな。今日は休息とする。四人とも明日から空いている時間に稽古をつけてやる」


「えっ! 四人!? 私……も?」


「当たり前だ三太。お前だけやらなくてどうするんだ」


「…………」


 予想外の崇徳童子の言葉に三太の時間が久方ぶりに止まった。

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