第23話 風の妖精

 巨大な石臼の陰から一人の少女が現れる。いや、少女と呼ぶにはその人物はあまりに小さい。アオガラの手にすっぽりと収まりそうな少女は背に虫翅を羽ばたかせている。顔の正面には小鳥のような仮面を被っており、目元だけを隠している。


「私は風の妖精よ。シルフィードと呼んでちょうだい!」


 両腕を腰に置き、平らな胸を突き上げる。妖精という種族に誇りを持っているのだろう、全身から自信がにじみ出ている。しかし、そんな様子はお構いなしに丈二とアオガラがシルフィードに武器の切っ先を向ける。


「ちょっ! 話、聞いてた? 戦う気はないんだって。武器を降ろしてよ」


 シルフィードは身振り手振りを交えながら敵意がないのをアピールしてくる。そんなシルフィードに対しアオガラが自身の頬に付いた切り傷を見せつける。


「リザードマンと戦った時に撃ってきた真空刃はお主ではないのか?」


「あっ、あれね! 外すつもりだったんだけど当たっちゃたのよね。ゴメンネ!」


 特に悪びれた様子を見せることなく舌を出しすシルフィード。


「丈二、撃て。やはり敵のようだ」


 丈二の杖の先に光が集束し始めるとシルフィードが光の速さで空中から地面へと土下座する。


「う、撃たないで! 申し訳ありませんでしたぁぁぁぁぁ」


「……」

「……」


 地面に頭を擦りつけ許しを請う。そんな姿を見て二人は毒気を抜かれる。丈二が集束する光を霧散させ、あきれ顔を浮かべるとアオガラがため息をつく。


「知っていることを全て話せ」


「はい! 全てお話します!」


 シルフィードは顔を上げると捲し立てるように自分の知っていることを話し始めた。


 ※


「私は、元々ダンジョンの主ではないの。妖精族の今後に関わる重大な案件を調べろ! と言われてオベロンの命令でこのダンジョンの調査に来ただけなんです。

 

 気配を絶つのが得意な私は最深部まで難なく到達したのよ。でも、奥でこのキーストーンと会って私の人生は一転した。


 まず、私を襲った災難はこの異様な面よ。キーストーンの近くまで来ると何かに襲われて視界を奪われたの。しばらくのたうち回った末に我に返るとこんな姿に……うぅ。私の可愛い顔をもうどれくらい見てないかしら」


「その珍妙な姿は面と申すか」


 アオガラがシルフィードの面の嘴部分をつまむと上下左右に振り回す。


「うむ。オオルリに似ている。もしや、鳥鳴海≪トリナルミ≫の憑依体……か?」


「トリナムジ?」


「トリナルミだ。妖怪の一種だな。幸せを呼ぶと言われているが本当のところは分からん。取れんこともないがとりあえず話の続きが先だ」


「と、取れるのね! よぉし、気合い入れて話しちゃうぞ!」


(話しするのに気合いはいらなくないか……)


 さり気なく丈二が心の中で突っ込む。


 シルフィードは丈二のことなどお構い無しに大袈裟に身振り手振りを交えて話を始める。


「この奇妙な面を被ってから私の視界に奇妙な物が見えるよになったの。魔力の流れ……いや違うかな。魔力はおまけで込められた思いが見えるのよ。この石臼の生前の姿や思い。そして、最後のその時もね」


「つまりお主は六首を知っていて。六首が何をしようとしていたか分かると」


「ええ。でも、全部が全部を知っているわけでは無いわ。六首が見た映像を断片的に見えるだけよ。でも、大きな身体の貴方が以前は蒼坊主と呼ばれていてたのはなんとなく分かるわ」


 二人のやり取りを聞いたのか鼻息を荒くして丈二が会話に割って入ってくる。


「六首は一体何をしようとしてたんだ!?」


「それは――」


「ちょっと待て! その話を聞く前にまず聞かなくてはならない事がある。六つ首は何をするためにこのダンジョンにいるのだ? この姿は仮初か? それとも六首はこの世界に転生するのか?」


「この石臼が六首、それは間違いないよ。アオガラは強い想いで姿形を変えてこの世界に来たのでしょうけど六首は違う。この場にいる六つ首に魂はない。前世で首を刎ねられたときに全ては終わっている。あの時に話せなかった思いを伝えるためにこのダンジョンを通して現れたんだと思う」


「そうか……話の腰を折ってすまなかった。六つ首の話の続きを教えてくれ」


 石臼から湧き出る水に視線を向けるとシルフィードが口を開く。


「六つ首はあることに気付いたの。攫われた妖怪の子供の中にもう一つの魂が宿っていることを。それはとても小さく普通では気付けない程小さい魂。だけどその魂を六つ首は見つけた。そして、それが何か知っていた。【浸魂虫】という小さな小さな虫。かつて一つの国を滅ぼしたという鋼色の小さな災い」


「浸魂虫だと! 伝説の生物だぞ。存在しているとは思えん」


 今まで見たことのないアオガラの表情に丈二も驚きを隠せない。シルフィードはアオガラが落ち着く間もなく話を続ける。


「でも、本当にいたんだよ。魂を侵食し、いずれ化け物へと変貌させる。取り付かれれば逃れることはできない。成長し、無数に増え、人から人へ、妖怪から妖怪へと渡り歩く。取りつかれた人と妖怪の子供から侵魂虫が孵化すれば、巡り巡って何万、何十万の人と妖怪が化け物へと変貌する」


「それを事前に食い止めるための虐殺だったというのか……。六首! 何故我々に相談しなかったのだ」


 アオガラが怒りの矛先を求め横に立つ灯籠へ拳を叩きつける。


「それはできない相談よ。侵魂虫はかつて人間と妖怪が争いを繰り広げていたころに兵器として六首が育てていたものだったから。しかし、世がまとまり、平和な世の中が訪れた時に全ての侵魂虫は焼き払い、塵と化した……はずだった。でも、その焼き払ったはずの浸魂虫を何故か白装束の奴らが手にしていた」


 丈二とアオガラの中で全てのことがらが一本の線で繋がった。

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