第22話 六首の最後

 そこかしこに舞い散った血飛沫に目を向けながら蒼坊主は前へと進む。予め得ていた情報を元に襖を開け、隠し階段を登り天守閣へと登る。極端に急勾配の階段は侵入者を防ぐ為なのだろう。しかし、その先に立ち塞がる配下の者は誰もいない。


 やがて、たどり着いた最上階では隠れもせずに真正面に座る女がいた。背筋をまっすぐに伸ばし、両手を膝の上に置き、蒼坊主を正面から見ていた。これから自分に何が起こるのか全てを分かっているそんな目をしていた。


「蒼坊主か。これは大物が来たな」


「六首殿」


 女は身に着けた具足を脱ぎ、装飾の施された具足下着のみを身に纏っている。最前線で戦っていたのだろう肩には深い切り傷があり左目は完全に潰されている。


「何故だ? そんな顔をしているな」


 蒼坊主は片手に持つ太刀をそのままに六首の目を離さずに無言で頷く。


「人も妖も業の深い生き物だ。しかし、そんなことは私も分かっている。ただな、人が妖の領分に入ってくるのは納得がいかん」


「……」


「村に住む阿保どもが何をしたかは知っているか?」


「いや、知らぬ」


「そうか。しかし、崇徳童子殿はそれを知った上でお主に我らの討伐を命じているぞ」


「……」


「珍しく口数が少ないではないか。まぁそれもそうか、何も知らぬのだからな。ただな、ここを攻めたからにはお主も知る必要があるぞ、村の北西に住む白装束を身に着けた者達を調べよ」


「承知した。他に何か言い残すことはあるか?」


「この件は私の独断だ。生き残った者達の命は助けろ」


「安心されよ。崇徳童子殿より捕えた者は事情を聴くのみに留まり、その後の生活は保障するようにと言われておる」


「ふっ。さすが崇徳童子殿。話しが分かる」


 六首が首元の襟を両手で開くと、鍛えられた美しい肩が露となる。


「悔いは無い」


 六首が頭を下げ首を前へと差し出す。アオガラは何かを口にしようと迷った様子を見せたがその言葉を紡ぐことなく太刀を振り下ろした。


 ※※※


 丈二が生唾を呑み込みこみ喉を鳴らす。


「……それで。アオガラさんはその白装束の奴らを調べたのですか?」


「もちろん調べた。奴らは数十年前から土地に住み細々と自分たちの教えを説いていたようだ。しかし、六首が住民を虐殺する数ヶ月前から急におかしな動きを始めたようだ」


 辺りに水が溢れているはずなのに丈二は何故か張り付くような乾きを感じていた。話を聞き漏らさぬようアオガラから視線を反らさぬようにする。


「白装束は住民に煙たがれこそすれ、衝突を起こすようなことはなかった。しかし、虐殺の数ヶ月前から頻繁に衝突を繰り返すようになり、しまいには今まで不可侵であった妖怪にまで手を出すようになったのだ」


「一体奴らは何をしでかしたのですか?」


「どうやらその地域の妖しの子供に接触をはかるようになったらしいのだ」


「子供? 何が目的で?」


「それは分からん。子供は白装束と話していた時間を憶えておらず、姿を消したのはほんの一時だ。子供はもちろん住民も何が起きたか分からなかったようだ。しかし、六首達の面倒を見る子供に手を出したところで虐殺が起こったらしい」


「うーん。白装束の奴らが何かをしていたのは分かりますが、地域住民まで虐殺する理由が分かりませんね」


「まさしくその通りだ。拙者も部下と共に色々と調べたがそれ以上は何も分からずじまいだったな」


 灯籠と灯籠の間に敷かれた砂利道も終盤に向かっているようである。丈二の視界に目的の要石らしきものが見えてくる。


「そろそろ着きますね。見えてきた奇妙な石が要石ですか?」


「そうだ。近ずいたらいつでも戦えるようにしておけよ」


「了解!」


 胸の内の不完全燃焼を抱えながら、灯籠が導く広場へと到着する。


 その先には二つに重なる大きな石。幅広の円柱を上下に重ねた物である。それぞれが独立して動いており。上の円柱が時計回りに下の円柱がその逆に回っている。二つの円柱の重なりあう間からはこんこんと水が湧き出ており、後方の暗闇へ滝のように流れ込んでいる。


「まるで小麦をすり潰す石臼のようですね」


 丈二が心の思うがままに感想を口に出すとアオガラが何かに納得したようで唸り声を上げる。


「なるほど。六首は巨大な石臼の化身であったという。この要石は六首の生まれ変わった姿なのかもしれんな。そして……後ろで隠れておる者出てこい! 素直にいうことを聞くなら殺しはしない」


「ちょっ、ちょっと待って! 戦う気はないわ」


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