第21話 灯籠が導く先には

 激しい息づかいに足音が重なる。


 リザードマンとサラマンドラの集団を倒したアオガラと丈二は背後で糸を引くと思われる人物を追って第三層に突入していた。


「ハァハッハァ。まだですか、まだ追いつかないのですか?」


 石畳が続く細い通路を走る。ダンジョンは月明かり程の灯りでなんとか光源は確保できている。しかし、体力が続かない丈二の息は途切れ途切れであり、顔からはぬぐい切れない程の汗が滴り落ちている。


「相手は着かず離れずの距離を保っている。どうやら誘われているようだ。気を付けろ、道から外れれば待っているのは死だ」


 人が走れるほどの通路の両端には地面がない。その先には見通すことのできない深い闇が広がっている。


 丈二も幾つかのダンジョンを潜ってきたが一層から三層までで、ここまで劇的な変化を遂げるダンジョンは初めてであった。アオガラも例外ではないようだ、考えが漏れ出ているのかブツブツと言葉を呟いている。


「止まれ!」


 どうやら石畳の導く先に着いたようである。息を荒げていた丈二が膝に手を置きゆっくりと顔を上げる。


「ここは……見たことない風景ですね。でも、何だろう不思議と嫌な気はしない」


 形の揃った小石が地面に撒かれ、規則性のある配置で植えられた木々。植えられた木々は丈二が目にしたことない植物だ。幹に節があり、しなりのある深い緑。ビャオエイジャの森で見るような亜熱帯に近い気候で育つ植物ではない。


「これはなんだ? 明かりが灯してあるようだが……」


 石造りの灯り置きがズラリと並べられ、その一つ一つにロウソクが灯してある。普段見たことの無い景色は、現実とはかけ離れた非日常間に支配されていた。


「これは灯籠はというものだ。拙者の世界では不浄なものを近寄らせない聖なる炎を灯すもの。っというかこれはどういうことだ? この場所は境内ではないか」


「境内?」


「ああ。我々の世界で教会のようなものだ。神聖な神が宿る場所だ」


 灯籠は等間隔で左右に並べられ、その中心に砂利の敷き詰められた道が通る。その道ははるか先のどこかに続いているようである。


「アオガラさん罠ですかね?」


「こればかりは拙者にも分からん。しかし、一つはっきりしているのはこの先にいる者が崇徳童子殿や拙者がいた世界に縁のあるものということだ」


 二人が腕を組み悩んでいるとはるか先の暗闇より声が聞こえる。


「フフッ。私はこの先で待っている。早く会いに来て」


「誰だ!?」


 二人は咄嗟に身構えるが周囲に誰もいない。声の主は恐らく先ほどから逃げている者であろう。


「仕方ない。恐らくこの先に要石がある。この声の主もそこにいるのだろう」


「ど、どうします?」


 アオガラが警戒する厳しい表情から一転して笑みを浮かべる。


「ガッハッハ。行こう! 目的も金も何も得ていない。進むのみだ!」


 二人は灯籠が導く先へと歩みを進める。道はゆっくりと蛇行し、やや上り気味である。白一色の砂利と規則性に並べられた灯籠は美しい。もし、これが峠道であれば観光気分にでもなれたのであろう。しかし、辺り一面は闇、闇、闇。とてもそのような気分には慣れない。


 そんな暗闇の中を歩いているとアオガラが首を傾げ何かを思い出す。


「この道は……」


 ※


 アオガラがまだ蒼坊主といわれる存在であったころの話だ。崇徳童子の命令で弥勒山と言われる小高い丘に建てられた城を攻めたことがあった。


 全ての妖怪の取り決めで人里には手出しをしないとの約束がなされていた。しかし、弥勒山の長【六首】は取り決めを一方的に反故にし、近隣の村を殺戮。女子供を含む人間を皆殺しにするという事件を起こした。


 六首は美濃に数百年住む妖怪で、今までは人と争うことなく上手くやってきた。虐殺をしたと聞いた時は何かの間違いではないかと崇徳童子も首をひねったが、現地に来てみれば信じられない悲惨な状況が広がっていた。


 六首は本体の美しい顔と異なる五つの首を持つ妖怪である。それぞれの首に魅入られた人間は呪いを受けるという恐ろしい妖怪だ。


 しかし、人間であれば即死も免れない呪いも妖怪同士の争いでは別の話。呪われる前にその首の魂を消滅させれば呪いは通用しないのだ。


「残りは六首のみか」


 五つ目の首を突き殺した蒼坊主が大柄の太刀を大きく振ると刃に付いた血を振り落とす。周囲には二人の部下がおり、それぞれが黒と白の当世具足ぜんしんよろいを身に着けている。顔は面で隠されているがそれぞれの頭部からは右と左それぞれからクナイほどの角を覗かせている。


憧喪ドウモ鴻喪コウモ。お主らは城に生存者がいないか探せ。もし敵がいた場合は投降に応じるならば殺しはせずに捕縛せよ」


「はっ! 仰せの通りに」


「しかし、数こそ多くはありませんが六首の部下は忠誠が高い。素直に投降に応じるでしょうか?」


「その時はしょうがない。しかし、六首が死ねば気も変わる者も出るやもしれん。さあ、行くのだ」


「「承知!」」


 黒と白の当世具足が蒼坊主に背を向け別室へと離れてゆく。


「何故このような戦いに……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る