第20話 リザードマン

 太刀を大きく振りかぶると切っ先が一平をロックオンする。


「やめろぉぉぉ!」


 アオガラの奇行をコランダが手を伸ばし止めようとするが、素早い太刀を止めることはできない。


 ドッ! 鈍い音が鳴り響きコランダの時が止まる。アオガラの大ぶりの太刀が一平の顔を貫通……せずにすぐ横の壁に突き刺さっている。コランダと丈二が状況を飲み込めずにあっけに取られていると予想していた音とは異なる音が続けざまに鳴り響く。


 ズバッバッバッ!


 暴風の中を分厚い布が舞うような音である。コランダの視界の先で熊の手かと見間違うほどの手が一平の頬をビンタしている。


「な、何を……」


 あまりの勢いに状況を見守る事しかできないコランダ。我に返り一平の元に駆け付けようとするとアオガラがビンタを止め一平の腫れあがった顔面をこちらに向ける。


「……あれ?」


 一平の見るも無残な腫れあがった頬に僅かにぼかしがかかる。そのぼかしは見る見るうちに顔を覆いつくす程の大きさになり、やがて口角の隙間からボトリと床へ落ちる。


「やはりな」


 落ちた半透明な異物をアオガラが足で踏みつぶすとねじり込むように足を擦り込む。


「こいつはミズチだ。こいつ自体に力はないが対象を乗っ取る力を持つ。しかし、こいつらは人なんか襲いはしない。襲うとすれば――」


「術者がいるときよね。さっきの人間でかたをつけたかったんだけどね」


「誰だ!」


 アオガラが一平を片手で抱えながら下腹に響く声を響かせると、奥の暗闇より無数のサラマンドラが現れる。しかも、すでに臨戦態勢入っており、首に埋まった襟巻きをこちらに向けている。


(一平が気を失っているとはいえサラマンドラごときに遅れをとる我等ではない)


 アオガラが抱えている一平をコランダに預けようと後ろを振り向こうとした瞬間に一筋のかまいたちがアオガラの頬をなでる。


「ヌッ」


 一平を素早くコランダに渡すとアオガラは正面に振り向く。サラマンドラの大群を間を割って出てきたのは全身を鱗に身を包んだリザードマンであった。


(声の主はリザードマンか? いや、言葉を話すようには見えない。術者は後方の暗闇か)


「丈二、これを。お主は拙者の援護を頼む」


 アオガラが丈二にランタンを手渡すと。丈二も二つの火の玉を展開、巨大なリザードマンの全貌が明らかになる。


 がっちりとした爪で地面を掴み、二足歩行で直立。足と足の間には野太い尾を携え、ときおり地面をビタンっと叩きこちらを威嚇しているようだ。手にはアオガラの太刀に匹敵するほどのバスターソードを持ち切っ先をこちらに向けている。


(なるほど。拙者にリザードマンの相手をさせながら周囲のサラマンドラの血飛沫で場を制圧するのつもりか。しかし――)


 アオガラの視線がリザードマンの胴体部分に移される。リザードマンは強靭な鱗を持ち合わせているため素肌に何も身に付けないことが多い、着けていたとしてもせいぜい革鎧程度だ。しかし、このリザードマンは艶のある鎧を身に着けている。


(あれは胴丸? いや、腹巻か? 暗くて分からんがあの光沢は漆で間違いないだろう。この世界のリザードマンとは何度か手合わせしたがあのような物を身に着けた者とは出会ったことはない。あやつの背後に潜む者も我らと同じ妖の者か?)


 リザードマンがこちらを警戒しながらも襲ってこないのはサラマンドラによる毒の血飛沫が辺りに満ちるのを待ち構えているのだろう。血飛沫の中にいながら平気な様子を鑑みるに毒が効かない、もしくは耐性を持っているということだ。


「つまりこれ以上待っていてはこちらが不利になるということか」


 アオガラが腰を落として太刀を後ろに向けて振りかぶると太刀全体が青味をおび始める。


「グワァァァァ!」


 アオガラの【馬魔斬】を阻止するべく様子を見ていたリザードマンが一気に距離を詰める。なんの駆け引きもない真っすぐな突進、そして大上段からの真っすぐの斬撃。アオガラはギリギリまで刃を待ち、そして僅かに右へと上体を逸らす。


「ヌンッ!」


 大ぶりの上段切りを躱し、躱しざまに太刀をリザードマンの手元へ叩きつける。


「ゴワッ!」


 リザードマンも同じく上体を後方へと大きくのけ反る。しかし、そののけ反り方は人であれば耐えられないほどの角度である。バランスを崩し、背中から地面に崩れてゆく。


「隙あり!」


 太刀を切り返したアオガラがリザードマンの上半身に太刀を叩きつける……はずであった。しかし、リザードマンは床から浮き上がるようにアオガラの太刀を受け止め、後方へとバックステップで距離をとる。


「あの状態から体勢を整えるとはやるな。しかし、軟体動物でもあるまい、どのような小細工で拙者の太刀を――」


 装備や周りからの支援ではない、アオガラの彷徨っていた視点がリザードマンの後方で地面を打つ尾に向けられる。


(なるほど、尾を使ったのか)


 リザードマンが再び距離を取る。どうやらこちらを攻める気はないようだ。周囲にはサラマンドラの血飛沫が充満し数秒もすればこちらを毒霧が取り囲むと見越してだろう。


「コランダと一平は撤退。丈二も……無事のようだな。さすれば――丈二距離を取り、自分を炎で守れ!」


 アオガラが太刀を左手に持ち替え、鋭い視線で切っ先をリザードマンへ向ける。


「平突き氷蝕の構え」


 太刀の切っ先をリザードマンに向けたままアオガラがリザードマンへと駆け抜け、リザードマンが太刀を真正面から受け止める。


 ギィィィィィン


 刃と刃が火花を散らす。リザードマンはアオガラの太刀を真正面から受け止めようとする。


「解!」


 アオガラの太刀とリザードマンのバスターソードが鍔迫り合いをしているとリザードマンの持ち手が震え、動きを止める。


「氷蝕は水系の魔物と相性がよい」


 太刀の冷気が水分を多く含んだリザードマンの両手に伝わり、程なくしてバスターソードを持つ両手を凍りつかせる。


 瞬く間に氷蝕はリザードマンの体を蝕み、ついには全身を凍りつかせることに成功する。アオガラは太刀をそのまま押し込むとピシピシと何かが崩れる音と共にリザードマンを粉砕する。


「ハァァッ!」


 続けざまに太刀を地面へと突き刺すと地面を流れる水を伝い氷の道が疾走する。


「ウギッ!」

「ギッ!」

「ギョグ」


 サラマンドラは地面の異変に気付いたものの、それを理解することなく自身を氷像へと変える。


「爆散!」


 アオガラの声と共に衝撃が発せられる。その衝撃は氷の道を伝い、サラマンドラ、そして周囲を舞う血飛沫を巻き込んでその全てを塵へと変えた。

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