第19話 階段を降りた先には

 いつの間にか二人の全身から湯気のようなオーラが漂っている。その後方には両手を前に出すコランダ、どうやら話している間に二人に魔力を送り続けていたようだ。


「行くぞ! 馬魔斬ギバザン!」


 辺りに一陣の風がなびくといるはずのない馬の嘶きが木霊する。三人がその正体を探すべく周囲を視線を巡らせた瞬間、サラマンドラに向かって風の波が駆け抜ける。サラマンドラの周囲に漂っていた毒霧は風と共に押し流され、サラマンドラは風に耐え切れなくなり周囲の壁に打ち付けれたり、その場でひっくり返ったり、ゴロゴロと地面を転がるものもいる。


「いまだ!」


「ファイアーバレット!」

「ライトアロー!」


 全身を打ち付けたサラマンドラが光の矢により張り付けにされ、腹を見せたサラマンドラに石の礫が突き刺さってゆく。


「ハッ!」


 血飛沫が消えた道をアオガラが一気に駆け抜け、暗闇へと消す。間もなくして聞こえたのはサラマンドラ達の絶命の鳴き声であった。


「……終わったのか?」


 コランダがサラマンドラの死体を確認しながら奥へと向かう。その先にはかなりの数のサラマンドラが真っ二つになっていた。


「一、二、三……九、十。俺たちが二匹倒す間に十匹のサラマンドラを両断ですか」


 コランダが数え終わるのと同時に丈二が歓喜の口笛を鳴らす。


 コランダの的確な状況把握に丈二と一平が二匹のサラマンドラを討伐。一般の冒険者であれば及第点という結果であろう。しかし、奥の両断されたサラマンドラを見ると全ての結果が霞んでみえる。


「流石、翡翠の冒険者ですね」


「しかも、あの崇徳童子さんが前世でスカウトするほどの強者です」


 三人でアオガラの能力に感心していると太刀についた血を払いながらアオガラが合流する。


「ハッハッハッ! 拙者を褒めても何もでないぞ!」


「いやいや、ご謙遜を。次元が違う強さです」


「いずれはお前たちにも強くなってもらわなくては困る、がな。さて、この先だがどうやら下に続く階段があるようだ」


「下層への階段ですか。このダンジョンはどこまで続くのでしょうか? まぁ、アオガラさんがいればどんなダンジョンであろうと問題ないでしょうけど」


「そうであればよいがな。長期戦になるようであれば一度撤退するぞ。各自気を抜かないでくれ」


 三人が返事をすると奥へと進む。その先の暗闇には不気味に口をあける階段が待ち構えていた。


 ※


「ダンジョンに固定概念はもってはいけないと言われていましたが……」


 不気味な暗闇の階段を降りた先は岩肌が剥き出しの荒々しい洞窟ではなく、人の手が入ったかのような整った壁面や床が広がっていた。


 まるでやすりでもかけられたかのような滑らかな壁である。上階から流れこんだ流れる水も、床の左右の窪みに流れ、時折ある穴へと落ちていく規則性を持っている。


「相変わらず明かりはありませんが、足下が平らなだけで随分と楽になります。アオガラさんもいますし、この先は楽勝ですかね」


 呑気な笑い声をあげる丈二を見てコランダが不快な表情を浮かべる。


「ここはダンジョンだ油断するなよ。風景が変われば魔物も変わる。下層に向かっているんだ、敵が強くなっている可能性も高い」


 コランダの悪い勘はよく当たる。


 崇徳童子に出会うまで丈二達はグレーゾーンの依頼にいくつも手を出した。しかし、衛兵に捕まることなくやってこれたのはコランダの指示に従い、危険に踏み込み過ぎなかったお陰だ。丈二はにやけた口を閉じるとコランダに従い【ライト】で前方を照らす。


「おっ! コランダさんの言う通り奥にサラマンドラが二匹、各自準備を始めて下さい」


「おう!」


 相変わらず巨大なサラマンドラではあったが種が分かってしまえばアオガラ率いる四人にとっては問題はなかった。奥にいた四匹も含めて難なく倒すと更に奥へと進む。


 その後も散発的にサラマンドラが現れるものの、特に難なく探索は続く。先ほどのコランダの注意が功を奏したのか丈二と一平も程よい緊張感を保っている。


 そろそろ下層への階段が現れるだろうと一行が考え始めた時、一平が足を止める。


「なんか聞こえませんか?」


 残った三人が身構え、周囲に耳を傾ける。


「拙者には何も聞こえないが……」


 アオガラが何気なく周囲の様子を話すと丈二とコランダも同意したのか頷いている。


「いや、確かに聞こえる」


 一平は【ライト】が照らすことのできない暗闇をまっすぐに見つめている。一平のただならぬ様子にアオガラとコランダも暗闇の先を注視してみるが二人に特に気になる点はないようだ。


「こ、こ、こ、この先はァァァァ。い、い、い、いる」


 一平の表情から血の気が失せ、目の焦点がぶれる。突然のただなら事態にその場の全ての者が目を見開く。


「あぁぁぁぁぁぁぁ」


 どんなに見回しても周囲に敵はいない、壁や床にももちろん変化はない。


 一平の鋭い目に異変が起こる。まるで火にあぶられた羽虫のごとく上下左右に瞳を動き始めたのだ、すぐに立てなくなり、膝をつき、口から泡を吹き始める。


「アオガラさん敵を探せ! 丈二援護しろ。俺は一平を後衛に下がる!」


 コランダが一平の肩を両手でつかむと強引に後ろへと引きずり始める。普段とは大きく異なる一平を目の当たりにして丈二も顔中から汗が吹き出している。


 そんな中、指示をだしたはずのアオガラが動きを止めて一点を見つめている。


「コランダ違う……」


 なおも一点を見つめ続けるアオガラ。百戦錬磨のアオガラさえもこの怪異に魅了されてしまったのではないかとコランダが恐怖を覚える。


「コランダ違うぞ! これは攻撃されているのではない!」


 引きずる一平をアオガラが強奪すると片手で襟をつかみダンジョンの壁へと押し付ける。


「いっぺぇぇぇっぇぇぇい! 覚悟しろぉぉぉぉぉ!」

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