第18話 眷属

 ごつごつとした岩肌に濡れた足場。足元を流れている水は湖の水が流れこんでいるようだ。ちなみに水は先の見えない地下に続く暗闇に向かって流れている。


 アオガラが堂々と歩く様子から分かるように縦横に数メートル。それなりの大きさがある洞窟だ。光源はない、アオガラが手にもつランタンと丈二が造りだした【ライト】で視界を確保し奥へと進む。


「足場が悪い。気を付けてくれよ」


 コランダが丈二と一平に注意を促すが二人は歩くのに精一杯なのか無言である。そんな余裕のない二人を見かねてアオガラが声をかける。


「コランダの言う通りだ。足を滑らせて頭を打って死んだなんて聞いたら崇徳童子殿が悲しむぞ。になったからには崇徳童子殿の名に恥じぬ生き様を見せてくれ」


「えっ?」

「えっ?」

「えっ?」


 洞窟内の時間が止まり水の流れる音だけが響く。しばらくの沈黙。誰しもがこの後に口を開いてはならない、聞き返してはいけないと心の中ではっきりと確信し、口を開けるのを止めている。


「……」


 そんな沈黙を破るのもまた年長でリーダーのコランダの役目である。


「け、眷属ってどういう意味ですか? 妖怪のことを詳しくないですが、血判をしたり、生贄を捧げたりした記憶は無いんですが……」


 コランダは小さいころに見た絵本の悪魔との契約を思い出していた。魂と魂を結びつける契約に詳しいわけではないが、契約は自分の意志なしでは制約の効果は薄いはずだ。もし、眷属となれば一蓮托生だ。コランダは崇徳童子と約束を交わしたが、契約をした覚えはない。


「何を言っておる。崇徳童子殿の妖力を受け取り、三太が助かる姿を見て自分も助かりたいと認識したのであろう? その上で、崇徳童子殿に命を助けられ、それに感謝する。さらに、さらに、その話をコランドより聞き、一平と丈二は納得の上で崇徳童子殿の妖力を受け入れた。それは立派な契約ではないか」


「いや、そんな曖昧なもので眷属? 契約というのは紙に印を押すとか名前を書くとかじゃないんですか?」


「金銭や物の貸し借りではそのような形をとるかもしれんが魂と魂の契約はもっとお互いの深いところで繋がるものだ」


「えっ! じゃあやっぱり……」


「だから言っているであろう。眷属と宿主は一蓮托生。互いが互いに支え合い、宿主が死ねばお前たちにも何らかの影響が出る」


「え、影響って?」


「拙者も詳しく分からんが、恐らく死ぬな」


「あっ……あ」


 鋭い目付きの一平が口をだらしなく開け、声にならない声を上げる。他の者も声こそ上げないが目が虚ろである。


「なんだお前たち! そんなことも分からずにここまで来たのか? ハッハッハッ! それはそれで愉快な話ではないか。まぁ気にするなアンダークラウンとやらを続けていれば、いずれは人を止めるか、生を止めるかのどちらかであったのだろう。崇徳童子殿に感謝し、第二の生を生きるしかあるまい!」


「「「……」」」


 三人は考えるのを止め、感情のこもらない足取りで歩き始める。


 三人が現実を受け入れ始めたのと同じくして、奥の暗がりより複数の気配を感じる。アオガラが抜刀し、一平と丈二がその後ろに構え、さらに後方でコランダがサポートに入る。


「水の中に何かいる。誰か詳しいものはいるか?」


 丈二が後方で二つ目の【ライト】を浮かび上がら灯りを確保する。


「サラマンドラではないですか? この辺の浅瀬ではよくでる魔物です。子供程の大きさで群れで獲物を襲います。俺たちでも油断しなければ倒せる魔物ですよ」


「サラマンドラか。では、私が前へ出る。丈二、一平は各々攻撃、コランドはサポートを頼む」


 アオガラが大きく一歩を踏み出さすとジャバジャバと音を鳴らしながら四匹のサラマンドラが視界へと入ってくる。丈二が子供ほどの大きさと言ってはいたが、現れたサラマンドラの大きさは成人程の大きさがある。全身に硬そうな鱗を纏い、四足歩行で這っている。身体の中心に稲妻のように毒々しい青紫色が走り、体に似合わない細い舌をチラチラと出す。


 アオガラがまた一歩大きく踏み出すと、サラマンドラは爪を地面に突き立て全身の鱗を逆立てる。


「聞いていたサラマンドラと大きく姿が異なるな。各自無理をするな。俺が前に出て様子を見る」


 息を大きく吸い込み勢いよくアオガラが走り出す。


「オォォォォォォォォ!」


 アオガラの大上段からの素早い一太刀。真ん中で威嚇していたサラマンドラの身体が真っ二つに引き裂かれる。あまりにも早い間合のつめ方に他のサラマンドラは何が起きたか理解が追い付いていないようだ。


「ファイアーバレット!」

「ライトアロー!」


 すかさずにアオガラの左右より魔法が放たれる。煌々と熱せられた石の礫に目を細めるほどの輝きを放つ光の矢がサラマンドラを襲う。


「キッシャァァァ!」


 しかし、二手より放たれた魔法が直撃することはない。サラマンドラの首元から鮮血が舞い上がると肉に埋まっていた襟巻が立ち上がる。襟巻きからは凄まじい血液が吹き出しており、サラマンドラはその血液を集約すると迫りくる熱せられた礫と輝く光の矢を叩き落とした。


「なっ! サラマンドラにこのような能力があるなど始めて見たぞ!」


「しかし、血しぶきの射程は短い、魔法を打ち続けろ!」


 丈二と一平が杖に魔力を込め始めた所で後方よりコランダが大きく声を上げる。


「三人とも後ろへ下がって! この血飛沫は何かおかしい!」


 コランダの言葉で三人がサラマンドラより距離を取る。落ち着いて辺りを確認してみれば地上を這う海蟲などの生物が動きを止めている。


「なるほど、毒か」


「ええ、まだありますよ二匹のサラマンドラの後ろも見て下さい」


 二匹のサラマンドラが発する血飛沫に紛れて更に後方の暗がりからも血飛沫が舞い上がっている。何も考えずに奥に進めばあっという間に毒の血飛沫を吸い込んでしまったであろう。


「何か良い策があるか?」


「アオガラさんなら無理やり突っ込めないこともないでしょう、しかし、先に何があるか分かりませんし、こちらは魔術師三人。前衛に不安が残ります。どうでしょう、一度撤退して出直しては?」


「順当に考えればその通り。だが」


 アオガラが腰を落として太刀を後ろに向けて振りかぶると太刀に変化が現れる。ただの巨大な鉄塊は太刀全体に青味を帯びじょじょに輝き始めたのだ。


「連続では撃てぬからな。手前のトカゲどもは丈二と一平に任せるぞ!」


「了解!」

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