第14話 久しぶりですな

 初めて崇徳童子殿を目にした時は物静かな少年――言い方を悪く言えば寡黙でつまらなそうな少年だった。


 拙者、当時は蒼坊主と名のっており、この世界とは異なる日出国という切り込み隊長をしておった。当時は国境の小競り合いが頻発していて、崇徳童子殿が国に帰還する妖怪の隊列を無感情な目で見ていたのを覚えている。


 ある日、争いに勝ったものの、拙者が右腕に大きな傷を負って帰った日があった。敵国の存亡がかかった戦いで、相手の士気も高く、拙者は敵国一番の強者と戦った。紙一重となったが、拙者の太刀が相手を袈裟懸けに斬り、なんとかその勢いのまま争い勝利したのだ。


 その時に初めて崇徳童子殿は拙者に声をかけて来た。


「おい!」


「おぉん?」


 自分の背丈の数倍はある男、しかも戦帰りの手負いで荒ぶった妖怪である。崇徳童子の物怖じをしない様子に拙者は怒りと共に僅かな戸惑いを覚えた。


「なんだわっぱ、拙者に喰われたいのか?」


「童ではない。崇徳童子だ。それよりお前その傷を見せて見ろ!」


「お前? 俺は蒼坊主と呼ばれている。つぎにお前などと言ってみろその小さい頭を握り潰すぞ!」


 崇徳童子は拙者の脅しに頷きこそすれ怯えた様子は見せなかった。そんな崇徳童子の様子を見て拙者は崇徳童子への感情を戸惑いから興味へと変えた。


「この傷は下総の魍魎鬼と言われる漢がつけた傷だ。今まで拙者が戦った男の中で一番の漢。惚れ惚れする太刀筋だったぞ」


 拙者が崇徳童子殿の目の前に腕を見せつけると崇徳童子は腕を取り、傷をマジマジと見る。


「最後の一刀は袈裟懸け。図体通りの大振りでトドメを刺したのか。相手の素早い動きに対応できずにこの傷をもらったのだろう」


「なんだと!」


 拙者は驚きのあまり崇徳童子を押し倒す。しかし、崇徳童子は動じた様子は見せずに衣服に付いた誇りをパタパタとはたき落としゆっくりと立つとまっすぐな目で拙者を見つめた。


「図星だろ? 蒼坊主を見ていればある程度のことは分かる。筋力、武器、背格好、性格。俺が戦から帰ってきた蒼坊主の姿を何度みていると思っているんだ」


「見た? 見るだけでそこまで分かるはずがなかろう。誰に何を吹き込まれてきた! 童、答えよ!」


「俺の名前は童ではない崇徳童子だ。蒼坊主、本当は分かっているのだろう。俺がお前に話しかけたのはシンプルに一つの理由だけだ」


 蒼坊主の巨体が一歩だけ後ろへと後ずさる。


「蒼坊主、俺の仲間になれ!」


 ※※※


「っとまぁこんな感じだな。崇徳童子殿の仲間になるのはもう少し先になるが、いずれはこの方の仲間になるか、仕えるのであろうなと考えた」


「「「「ほぉほぉ」」」」


 蒼坊主を囲みながら座る四人。蒼坊主と崇徳童子の出会いを聞き、皆が頷いている。


「それにしても崇徳童子さんは昔から偉そうだったんですね」


 青い髪をかき上げながら顔色の良くなった三太がアオガラを見上げる。


「拙者も初めて声を掛けられ時の印象は最悪だったな。しかし、崇徳童子殿は不器用なだけだ。本当は誰よりも仲間思いで心の優しい方だ」


「……それは少し分かるかも」


 少し俯きながら顔色の良い頬を掻く三太。数日前までは崇徳童子を毛嫌いしていたとは信じられな程の変化だ。今まで一緒に過ごしてきた三人があまりの変化に驚いているとアオガラが口を開く。


「拙者もわけあってここに転生したわけだが、ここに来たのは崇徳童子殿に会うためだ。崇徳童子殿は奥にいるのだな?」


「いるにはいるのですが……入ったら殺されますよ?」


「殺される? それはまた物騒な。しかし、虎穴に入らずんば虎子を得ずとも言うしな。コランダ達は奥で待っておられよ」


「あ、私も行きま――」


「ば、馬鹿! 死にたいのか」


 足を前に進めた三太が一平と丈二に連れられ後ろへと引きづられてゆく。


「さて、虎穴にいるのは虎か虎子か……」


 奥の両扉にそれぞれの手を掛けるとゆっくりと左右に開く。


「崇徳童子殿、入りますぞ!」


「や、止め――」


 バンッ! 


 コランダ達の耳に聞こえるのは扉の閉まる音のみ。一瞬、中で叫ぶ声が聞こえたが崇徳童子の声ではなかったように聞こえた。


 アオガラが崇徳童子の部屋に入り数時間。しばらくの間、崇徳童子はもちろん、アオガラも部屋から顔を出すことはなかった。


 ※※※


「久しぶりですな崇徳童子殿」


 右手で前髪をくるくると指に巻きつける崇徳童子。しかし、その指は枯枝のように細く、そして短い。


「なぜ俺が崇徳童子だと分かる? 生前の姿には程遠く今は――」


「ハッハッハッ! 拙者はどのような姿をしていても崇徳童子を見極める自信がありますぞ! それにしてもこの世に生まれたばかりなのか、ずいぶんと可愛らしい姿になりましたな」


 黒と白のボーダーのシャツは袖が伸び腕の部分がだぶつき、七分丈のズボンはすっかり長ズボンになっている。

 顔は鞠のように丸くそして小さい。アオガラの手であれば片手で掴み上げられるであろう。


「こ、これはだな。ま、魔力が安定せずに体に影響が……」


 モゴモゴと言葉を濁す崇徳童子にアオガラは笑みを向ける。


「崇徳童子殿は相変わらずですな。また人助けですか?」


「違う! さっきも言ったと――」


「わかり申した、わかり申した。そういうことにしときましょう」

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