第13話 オーケーリーダー
時を少し巻き戻す
オーガルトがジャイアントトレントを倒した数時間後。妖力の残り香がそこかしこに漂い、周囲ではときおり放電が起きている。日が沈み、後一時間もすればビャオイエジャの森は魔物の時間になるだろう。
森の茂みから口元を隠した女――サミは足音を極限まで殺している。周囲の魔物でさえサミの気配に気付いてはいないだろう。
続いて現れたローブを着た中年の男。街では色男と言われ常に笑みを浮かべている。男の名はドラドという。
「まだ放電してやがる。サミ、本当にあの縞々はいないんだろうな?」
「いない……はず。でも、あの縞々私達に気付いてと思う。鎧越しだけど視線が合ったもの」
「だからそれは何かの勘違いだって言ってるだろ。相手は風上、距離だって数百メートルは離れていたぜ。奴は剣士だ、凄腕の盗賊でさえあの距離の俺たちを見つけるのは難しいはずだ」
「そんなことは私も分かっているわよ」
サミが不満そうに腕を組むと中折帽を被ったノーウェルを睨みつける。
「リーダーはどう考えてるの?」
ノーウェルは一頻り唸った後にひねり出すように言葉を放った。
「見て……いたかもな。噂レベルの話ではあるが【忌物】が現われたと聞いている」
「忌物!? ありえないわ。ジノヴァも公に特殊部隊が組まれ処理したと言ってるんでしょ?」
「表向きはな。しかし、ギルドに討伐依頼がきたのも反故にされている。現場に行った者に詳しく聞こうとしても特殊部隊が処理したの一点張りだしな」
サミが目を細めドラドを見る。
「ギルドのお姉さんなら何か知ってるんじゃないの?」
「うーむ。何か知っているかもしれないな。でもなぁ。その話題は嫌がるんだよなぁ」
ズレ始めた話をノーウェルがまとめる。
「忌物に関わりがある可能性は高い。しかし、確信は持てない。だが、これだけ怪しいところがあるんだアオガラに報告しても迷惑にはならないだろう。数日後に祭典がある、アオガラもこちらにくるはずだ。ギルドの掲示板に伝言を残せば久しぶりに話もできるだろう」
ノーウェルの発言に二人が頷く。取りあえずこちらに被害が出ることなくアオガラに恩を返せそうだ。
「ねぇ。もしも、もしもだけどあの縞々が襲ってきたらどうしてたの? まさか戦ったりしなかったよね」
「当たり前だ! あれはただの冒険者にどうこうできるものではない。でもなぁ逃げることもできなかっただろうな」
「間合いに入れば瞬殺。もしかしたらいま話している俺たちの声も聞いているかもしれないぜ」
サミが凄まじい勢いで顔を左右に振ると続いて身震いをする。
「まさか……ね」
「とりあえずこの場からすぐに撤退でいいか?」
「「オーケーリーダー」」
※※※
砦の広間には首を傾けながら唸る四人の姿があった。特に四人をまとめるコランダは心底困り果てた様子である。
「一平、丈二。崇徳童子さんがお前達と帰って来るときに何か変化はなかったのか?」
「前も言いましたけど、俺達が晴れやかな笑顔を浮かべている横でムスッとした表情を浮かべていましたよ」
「その話しをするなら最後の崇徳童子さんを見たのはコランダさんじゃないですか」
コランダは両腕を組むと眉間に皺を寄せる。
「まぁそうなんだがな……部屋に閉じこもって三日。流石に部屋の中を覗くべきか……」
「でも、勝手に入ったら殺すって言われてるんですよね?」
コランダは再び唸り声を上げる。崇徳童子の表情を思い出し、蛇が獲物を捕食するときに見せる無機質な瞳を思い出した。
「やっぱり止めておこう」
力なく肩を落とすとコランダは三人と共に砦の入口へ戻った。
「たのもぉぉぉぉぉぉ!」
低く腹に響く声。砦に落ちているる小石が小刻みに揺れ天井に溜まった埃がパラパラと床に落ちる。
崇徳童子がこのような時に一体誰が訪ねて来ているのだろうか? 三太は健康になって手に入れた赤みを差した顔色を再び真っ青にしてコランダに視線を送る。
「俺!?」
不満の声を上げると一平と丈二が二人揃ってコランダに鋭い視線を送ってくる。
「やっぱり俺か……」
コランダが今日二度目の肩を落とすと、馬鹿でかい声の主に向かいとぼとぼと歩き始めた。
「……誰だ?」
建物の陰から恐る恐る声をかける。
コランダ達はこの砦の正式な所有者ではない。長い間使われていなかったとはいえ国の関係者が訪ねてきたとしたら面倒だ。
「アオガラと申す! 崇徳童子殿はいらっしゃるか?」
目の前には見上げる程の大男。男は険しい表情を浮かべコランダを見下ろしていた。
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